「というわけで、俺をその気にさせておきながら今さら契約しないなんて許さない。
責任取ってあそこで俺様に何か買え」
オセロは大通りに並んでいる店を指した。
召喚士向けの魔道具を取りそろえているお店だ。
召喚士自身のための魔道具はもちろんのこと、幻獣向けのアイテムも並んでいる。
ユディは恐る恐る幻獣につける対魔獣用の毒爪や、防御力を上げる護符を手に取った。
「まさか幻獣用の装備が欲しいの? いる? 本当にいる? もう充分強いよね?」
「いるか。んな邪魔なもの。俺が欲しいのはこっち」
オセロが指し示したのは、ショーケースに飾られている黒革の首輪だ。
トップにオセロの目に似た猫目石がついている。
オセロの体色によく合うだろうが、ユディは首を傾げた。
「欲しいの、枷なの?」
オセロが欲しがっているのは高位幻獣用の枷だ。
普通、幻獣にとっては装備以上に邪魔なものである。
「オセロ、こんなの枷にならないでしょ? 簡単に壊せちゃうから」
「記念だよ記念。おまえも少しは契約主らしいことしたいんじゃねえの?」
否定できなかった。
ユディは『月刊・召喚ライフ』に掲載されている新作の枷を見ては、自分もいつか契約獣につけるんだ、と夢想していたのだ。
そのためにコツコツ貯金だってしていた。
「オセロがいいならいいけど」
ユディにとっては値の張る買い物だったが、自分の契約獣への初めてのお買い物だ。
まさかこんなに早く枷を買うことになるとはと嬉しさ半分、感動半分で店員を呼ぶ。
「こちらですか?
気に入っていただいてありがとうございます。
しかし、こちらは少々強めの枷となっておりまして……。
幻獣が嫌がるかもしれませんよ」
やってきた店員は若いユディをそれとなく諭した。
ユディの年齢ならばたいていが初級クラス。
高位幻獣用の枷を買うのはまだ早い年だ。
オセロのことを中位クラスの幻獣と判断し、相応の枷を勧める。
「こちらのチェーンタイプはいかがですか?
先ほどのものより弱めなので、嫌がらないと思いますよ」
ユディは隣の幻獣をうかがった。
「さっきのがいい」
「幻獣様、一度試着を」
なんとか思いとどまらせようとする店員を、オセロはうるさがった。
「いいから。ついでにコレとコレもくれ」
オセロは革編み紐のブレスレットとシンプルな金のバングルも追加した。
もちろんこちらも枷である。
店員はまるでアクセサリーショップで商品を選ぶような気軽さに当惑していた。
「幻獣様、当店が何の店かはご存知でしょうか?」
「八百屋には見えねえな」
「当店は魔道具店で、こちらは幻獣用の枷でございます」
「ついてる札と違うもん売ってたら詐欺だろ。通報するぞ」
「枷は二つも三つもつける物ではございません」
「俺が変態とでもいいたそうだな?」
ユディは言葉を失っている店員の心中がよく分かった。
「いいんです。全部下さい」
「お客様、こんなにつけては幻獣の働きに差し障りが」
「むしろ出て欲しいので。はかない期待を込めて買います」
「はい?」
ユディはオセロの選んだ三つの枷をすべて買った。
「ユディ、この指輪も欲しい」
「また今度ね」
たいていの幻獣は枷を嫌がるものだ。
帰り際にさらに枷をねだる幻獣に対し、店員は完全に変態を見る目をしていた。
「ああ、もう、オセロ。せっかく綺麗に包んでもらったのに」
帰り道、オセロはさっそく箱を開けだした。
学園まであと少しだが。
開けたい時が開け時なのだ、つけたい時がつけ時なのだ。
ユディも黙って暴竜様のペースに合わせ、箱から枷を取り出す。
「つけていい?」
「その前に、やることあるよな?」
ユディは、あ、と気づいた。
契約をまだしていない。
「我が呼び声に応えし盟友オセロよ。
誓いを守り、我が心と願いを共にせよ」
ユディは不意にあごをあげられた。
いたずらっぽい金の目が何をいいたいか、なんとなく分かった。
二人は笑って同じ誓いを口にした。
「死が二人を分かつとも」
街を一望できる正門の前で、二人はどちらともなく誓いの口づけを交わした。
枷がはまると、オセロは満足げにする。
「今さらだけど、本当に私が契約者で良かったの?
オセロは暴竜の異名のせいで悪い召喚士ばっかりに当たっていたみたいだけど。
オセロが世のため人のため働いてみたいっていったら、私より優秀で、ちゃんとした召喚士が立候補してくれると思うよ?」
「おまえ以外に褒められたって嬉しくねえよ」
ユディはきょとんとして破顔した。
ありがとう、と契約獣に抱き着く。
「早く一人前の召喚士になれるようがんばるね。
私がオセロと契約していてもおかしくないように」
オセロはオセロで主人の頭をよしよしとなでた。
「いい心掛けだな。まあ、任せとけ。俺がおまえを最強の召喚士に育ててやるからな」
「いや、私、一人前になりたいとは思ってるけど、最強になりたいと思ってないよ。みじんも」
ユディが召喚士を目指している理由は、皆の役に立ちたいからだ。
そして一人前になって一番に助けたいのは、故郷で人手不足にあえぐ家族だ。
描いている未来絵図は故郷の田舎でモフモフ系幻獣とスローライフ。
断じて最強召喚士なんて野望は抱いていない。
「とりあえず、軽く魔獣を一掃しにいくか」
「しなくていいから。大人しくして。お願い。それが一番の命令!」
本気でやりに行きそうなオセロを、ユディは必死で止めた。