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49.後始末

 魔獣騒ぎから二日後。


 中央塔の応接室を出たユディは、安堵の息を吐いた。

 少し先で、オセロが廊下の壁にもたれて立っていることに気づく。


「オセロ。こんなに近くまで来ていたなら、中に入ってきてくれたらいいのに。

 私が呼応の呪文唱えたの知ってたでしょ?」


「ヤダ。召喚士協会のやつになんてキョーミねえし」

「私がオセロと契約してもいいかどうかの話だったんだよ?」


 ユディは口をとがらせるが、オセロはまったく悪びれなかった。


「そんなの許されるに決まってる」

「なんでそんなに自信満々なの?」

「ダメと言ったところで、あいつらが俺相手にどーこーできるわけがな、い、か、ら」


 オセロはまだ協会の人間がいる応接室に向かって舌を出した。

 実際オセロの言う通り、二人の契約はユディが予想していたよりあっさり許可が下りたのだが。


「協会のやつら、どんな理由つけて許可したんだよ」

「オセロの実力を知るいい機会だから、学術的観点から実験的に契約を許可するって」


「ふーん、カッコつけやがって。

 本音は、機嫌を損ねた俺様が誰彼かまわず召喚を邪魔しだすと困るから、だろうに」


 ユディはつっと目をそらした。


 これもオセロの言う通り。

 ユディがオセロの怒りを買って召喚を邪魔されていたという話を聞いて、召喚士協会も同じ目に遭うのを恐れていた。

 過去のオセロの行状を鑑みれば、召喚士協会本部を破壊しに行く可能性だってある。


「言い方悪ィけど、おまえ一人俺様に差し出しといた方がどう考えたって得だからな。

 バカでも分かる算数だ。

 わざわざ協会の許可を取りに行ってるおまえの気が知れねえよ」


 やれやれと肩をすくめるオセロに、ユディはぐっと奥歯を噛んだ。


「オセロ、本当に性格悪いよね」

「そういうところも好き? うん、知ってる知ってる」


「ずっと召喚邪魔されてたこと、私まだ怒ってるんだけど!」

「俺もおまえの真っ直ぐすぎてちょっとアホっぽいとこ超愛してるよ」


「人の話聞いてる!?」


 聞いているわけがなかった。

 オセロはユディの訴えを無視し、外へと誘う。


「そんなことより、ヤボ用も終わったんだし早く出かけようぜ。

 今日は町に土産を買いに行くんだろ?」


「そう。やっと買いに行けるよ」


 魔獣騒ぎのせいで、結局まだ帰省土産を買えていないのだ。

 二人は正門を出て、町へとつづく坂を下る。


 道は小石や小枝、木の葉が散乱していて少し歩きにくい。

 魔獣退治の際、オセロが使った旋風の魔法のせいだ。


 坂の両側に広がる薬草畑も旋風で荒れ果て、見る影もない。

 その向こうに広がる山林も、幹や枝が一部折れてしまっている。

 振り返れば、学舎の南側の窓ガラスが飛散した枝や小石でほとんど割れていた。

 魔獣による被害より、オセロの魔法による被害の方が大きい。


 だが、あれほど強い魔獣が出たというのに、被害がこれだけで済んでいるのは奇跡的なことだ。

 オセロがいなければ学園側は全滅の可能性もあったし、都もただでは済まなかっただろう。

 ケガ人が出ただけで死人はなし、都もまったく無事というのは誰も予想しなかった結果だ。

 後からやってきた援軍などは、あまりに討伐が早いので魔獣の存在そのものを疑ったほどである。


 ユディは今日、町で何不自由なく買い物できることに深く感謝した。


「ううん、家族だけじゃなくて親戚やご近所さんにもと思ったら、すごく多くなっちゃったなあ。買いすぎた」


 祖母には新作の毛糸、祖父や父にはお酒、母や兄や親戚やご近所さんにはお菓子、家にいる幻獣にもとあれこれ買っていたら、多くなりすぎた。


 ユディが抱えた荷物によろめくと、オセロがひょいとそれを取り上げた。

 持つわけではない。どこかへと消し去ってしまう。


「俺様の四次元ポケットに預かっといてやるよ」


 オセロはこともなげにいうが、物体を別次元に収納する魔法というのは、魔導士でも使える者が希少な技である。

 一瞬で悩み事が解決され、ユディは興奮した。


「オセロ。すごいね。ものすごく役立つね。感動した。オセロが輝いて見えるよ」

「おまえ俺を褒め称える理由がしょぼすぎね? 俺がもっと輝いてたときあったよな?」


 暴竜様はとても不満げだが、ユディとって普段は起きることは規格外すぎるのだ。

 驚いたり心配したりするのに忙しく、感動どころではない。


「そうだ。家に帰ったら、オセロがシロだったってことは内緒にしてね」

「なんで?」


 ユディは恨みがましく元迷子幻獣をにらんだ。


「……まんまとオセロに騙されていたとか。知られたくない」

「おまえシロ大好き。だもんな」


 ユディは拳を握った。


「本当に最低!

 あのとき大笑いしてた意味がようやく分かった!

 気付かず本人にのろけてる私のマヌケさを笑ってたのね!?」


「あの時は史上最高におもしろかった。

 俺ってしゃべらないでちょーっと世間知らずの坊のフリしてるだけで、ずいぶん印象変わるんだなってびっくりした。

 顔なんて、髪白くしてこの顔を子供にしただけなのに」


 ユディはオセロの背中をぽかぽか叩く。


「最低! 最悪! 人でなし! 私のことバカにして!

 もー、やだ。過去に戻ってやり直したい。よりにもよってオセロが初恋だったなんて。

 私のトキメキを返して! やっぱり契約なんてやめる!」


 最終的にユディはその場にうずくまった。自分の失態に打ちひしがれる。


「本人と気付かずのろけてるのはおもしろかったけど、おまえをバカにしては一切笑ってねえよ」


「嘘。そうでないなら、なんであんなに大笑いするのよ」


 ユディはまったく信じず、思い切り相手をにらんだ。


「うざいくらい愛情ごり押ししてまとわりついてくるから、こっちが根負けして一緒にいてやったのによ。

 そっちは大人になったら、ヒト型でいてやっても全然気づかないくらいに俺をきれいさっぱり忘れているんだなとか。


 あれだけ毎日俺にべったりで、死んでも離れたくないっていったり、シロは私の契約獣って喜んでいたのに呼ばれないから、あれはただの遊びだったんだなとか。


 オセロのこともすごいとか活躍を見てみたいとかいってたくせに、いざ現れてやったら卒倒するわ契約は嫌がるわだから、実は全く会いたくなかったんだなとか。


 色々考えて腹を立ててたけど、俺の思い過ごしだったと分かってバカバカしくなって笑っただけ」


 一息に心情を吐露されると、ユディは圧倒的な情報量にうろたえた。


「……そ、そんな気にしてたの?」

「気にしてたけど?」


 冷えた目が怖い。

 ユディはどうやら待たせていた罪は相当重いらしいと自覚し、ずっと召喚を邪魔された恨みについて考え直した。


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