「で、手始めに何すんだ? オーダーよこせ」
最初の指示なんて決まっている。
ユディは学園に迫っている魔獣たちを指した。
「あの魔獣たちを倒して」
「仰せの通りに、ご主人様」
オセロは主人の手にキスを落として、竜の姿になった。
ユディを背にのせ空に舞いがる。
七体の巨人たちは今、味方の一致団結の努力で氷漬けにされていた。
なんとか足止めに成功しているが、いつ破られるか分からない均衡だ。
魔法を使う魔獣はじりじりと氷が溶け出し、口元がわずかに動き出している。
「さーあ。やるか」
オセロはさっそく眼前に縦に魔法陣を展開した。
ユディは不安から忠告する。
「オセロ、あの魔獣、普通と違ってなかなか死なないみたいで」
「分かってる分かってる。死人系だろ? 砕いてミンチにしてばらまかないといけねーヤツ」
気軽に返して、オセロは魔獣たちの頭上にも大きな魔法陣を展開した。
口が自由になった魔法使いの巨人は、すぐに防護結界を張る。
「へえ、生意気に。どんだけ耐えられるかな」
オセロはさらに魔獣たちの足元にも魔法陣を展開した。
一つだけでなく、多数。
「すごいね、オセロ。こんなにいっぱい」
「こんくらいフツーだろ」
オセロは当たり前のように言っているが、味方からどよめきが起きているので、普通ではないだろう。
味方の魔導士たちが何度も魔法陣の数を確認している。
「上の魔法陣もなんかすごい複雑だし……なんの魔法?」
「アレは俺様のオリジナル。防御魔法と攻撃魔法の合わせワザ。どんな魔法かは、見てのお楽しみ」
味方の魔導士たちも天にある魔法陣に注目していた。
ユディは魔法についての知識が少ないので、魔法陣を見ても「なんか複雑」という以上の感想が出てこないが、魔導士たちは違うようだった。
魔法を読み解こうとするように、その技を少しでも盗み取ろうとするように、ユディよりも熱心に、食い入るように見詰めている。
「ユディ!」
呼んだのは、小塔の上のルジェたちだった。
オセロの展開した魔法陣を指差し、両手を上下させている。
二人は不安そうな表情だ。
(これでも足りないってこと? もっと魔法がいるってことかな)
ルジェたちは魔法にも魔獣にも詳しい。
ユディは素直に指示に従った。
「オセロ、まだ魔法って使える?
もっとあった方がいいみたいなんだけど。辛い?」
「全然ヨユーだけど? 了解、もう一つ追加な。増幅の魔法にしとくか」
オセロは眼前に魔法陣に、もう一つ魔法陣を重ねた。
「ユディ!」
二度目の呼びかけは、悲鳴に似ていた。
ルジェはまたさっきと同じ身振りをしていたが、ナイトは違った。
首を左右に大きく振って、腕で大きくバツ印を作っている。
(これじゃダメってこと? なんで?)
二人の懸命なジェスチャーの意味を、ユディはよく考えた。
ルジェの手を上下するしぐさを観察して気づく。
手のひらが上でなく下を向いていることに。
人はもっと増やして欲しい時は、手のひらを上に向けるだろう。
ならば反対にもっと減らして欲しい時は――下を向けるだろう。
(もっと魔法を増やして、じゃなくて、魔法を減らして、だったの!?)
勘違いに気づいたユディは、急いでこれまでと正反対のことを願った。
「オセロ。やっぱりさっき魔法は取り消して!」
「遠慮すんなよ。元々おまえが召喚士になって俺を召喚したら、祝砲代わりに魔法ぶっ放して、山一つ消すか湾作ってやろうと思ってからさ」
「何その物騒な計画!?」
「一生の思い出になるだろ?」
「一生のトラウマだよ! しなくていいから! 絶対しなくていいから!」
オセロの態度は新婚三日目の新妻なみに慎ましく献身に満ちていたが、言っていることは筋金入りの破壊神だった。
それぞれの魔法陣がまばゆい光を放ち始める。
膨大な量の魔力が動いているのを感じて、ユディは首の後ろがざわついた。
味方からも悲鳴が上がったので、必死で訴える。
「お願いだから手抜きしてくださいお願いします―――――ッ!」
果たしてオセロが手抜きしたのかどうかは定かでないが。
まずはオセロの咆哮で、眼前の魔法陣から衝撃波が放たれた。
衝撃波は魔獣たちの防護結界を壊し、魔獣たちを覆っていた氷をも砕いた。
次に天にある魔法陣が発動し、魔獣たちの周りに防護結界を築いた。
魔獣たちが出ようとしても出られない。防護結界という名の檻だ。
天の魔法陣は結界だけで終わらず、光弾を放ち始めた。
魔獣たちに光の弾雨が降り注ぐが、その弾も降るだけで終わらない。
結界内を縦横無尽に跳弾する。
巨人の身体はまたたくまに穴だらけになった。
防護結界の檻が開いた時、魔獣の身体は粉々、挽き肉状態だ。
魔獣はしぶとく、それでも再び寄り集まろうとしたが、再生は許されなかった。
最後に地面にあったいくつもの魔法陣が発動した。
多数の旋風が容赦なく空に瘴気を巻き上げ、散らし、彼方に吹き飛ばした。
巨人の姿は青い夏空に跡形もなく消え、学園からは遮るものなく麓の平穏な街並みが見晴らせるようになる。
わずか数十秒間の出来事だった。