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47.ヒーローは遅れてやって来る

 学内は緊迫していた。

 学園にいた兵士たちは戦闘態勢に入り、生徒たちは避難を始めていた。

 職員の案内を受けて、中央塔に逃げ込んでいる。


「まどろっこしいね」


 出入口が混雑しているのを見ると、ナイトはルジェとユディを両脇に抱えた。

 外から塔のてっぺんに上がる。


 南塔や南東棟、南西塔の上で、兵たちがやってくる魔獣に対して備えているのが見えた。

 魔導士は魔法陣を展開し、兵士たちは魔導砲をかまえているが、不測の事態だ。

 数も装備も十分にそろっているとは言えなかった。


「これは僕らも出番だな。

 魔獣が町に下りるのが最悪のケースだ。

 ここで魔獣を引きつけて、援軍が来るまで持ちこたえないと」


 ルジェはカバンから紫色の錠剤を取り出し、飲み込んだ。

 魔力回復の薬だ。ナイトも同様に魔力を回復する。


 ユディもやっと杖を手に取った。

 落ち着いた今なら得意の召喚ができる。


「あの魔獣には何が効くの?

 中位のシルフを呼んで風の魔法を使ってもらう?

 それとも対アンデッド系の幻獣?」


「どっちでもいいが、ユディ。呼べるなら上位幻獣を召喚するんだ。

 規律違反だろうけど、そんなことをいっている場合じゃない。

 生半可なものでは対抗できないし、全力でやらないと死ぬ。

 僕も上級魔法を使っているしな」


 軍の指揮官が学園側に協力を要請していた。

 教師だけでなく、上級生たちも前線に向かう。

 半人前たちに協力を要請しなければならないほど事態は切迫していた。


「とにかく強い幻獣……」


 ユディは頭の中の幻獣辞典をめくった。

 さまざまな幻獣が頭を駆けめぐったが、これだと確信を抱いたのは一匹だけだ。


 杖を握り、召喚の魔法陣をイメージする。

 想像通りの魔法陣が屋上の床に現れた。

 今までは慎重を期して毎度、魔法陣を描いてきたが、もうその必要はないだろう。

 全身全霊を込めて詠唱する。


「開け、幻界の扉。

 我が心、我が願い、我が誓いを聞け。

 く来たれ、この呼び声に応じて。

 出でよ――シロ!」


 ぽんっと、魔法陣の上に白いトカゲに似た幻獣が現れる。

 真珠色のウロコに細く優美な体つき。

 魔獣に対抗するには小さく頼りない見た目だ。


 ルジェとナイトが肩透かしを食らったような顔をした。


「……ユディ、君、これ、何呼んだんだ?」

「昔、仲良くなった迷子の幻獣」

「種族は何? 見たことがないけれど」


 とまどう二人に構わず、ユディはシロの前にかがんだ。

 そっぽをむいている顔をのぞきこむ。


「ごめん。ずいぶん待たせて」


 ぎらぎら光る金の目がユディを見上げる。


「シロ? それともオセロ? どっちで呼べばいい?」


 幻獣の姿がたちまち変化した。

 角の生えた黒髪金目の少年――オセロのヒト型に。

 ルジェとナイトが飛び退った。


「遅い」


 オセロは高慢に腕組みをした。


「召喚士になったら呼ぶといったくせに。

 この俺を待たせるとはいい度胸だな? ああ?」


「シロは下位幻獣じゃなくて中位幻獣みたいだったから、最初には挑戦しづらくて……。

 そもそも召喚士になったら最初に呼ぶとも言って――なんでもないです。

 ごめんなさい。すべて私が悪かったです。お待たせして大変申し訳ございませんでした」


 怒り心頭のオセロを前にして、ユディはすべての弁明、いや、言い訳を飲みこんだ。


「あれだけ俺のことを欲しがってたんだから、最初に呼んで当たり前だろうが。

 こっちはな、召喚されたら正体バラして驚かせてやろうと思って待ち構えてたんだぞ。

 全部台無しじゃねーか!」


 怒るオセロに、ユディは平身低頭する。

 命の危機が迫っていることを忘れそうな緊張感のないやり取りだ。

 傍にいるルジェは呆れた。


「……だから自分が呼ばれるまで召喚を邪魔するって……どれだけ一番に呼ばれたかったんだよ」


 オセロは部外者を睨みつけた。

 暴竜の危険性をよく知っているナイトは、即座にルジェを連れてその場を離脱する。


「ルジェ、僕らは部外者だから! 他行こう他!」


 二人だけになると、オセロは腕組みを解いた。

 ユディに対して斜に構える。


「で。用は?

 シロの正体を確かめたかっただけか?

 それとも俺を使役したいから?」


「協力して欲しいからだけど……してくれるの?」


 まさかオセロの方からいってくれるとは思わず、ユディは聞き返した。


「だっておまえ、見たいんだろ?

 この俺が世のため人のために働いて、正義のヒーローとして活躍するところが」


 ユディは驚いた。

 小さい頃、ただの思いつきでいったことだ。

 自分でもいわれるまで忘れていたようなことだったので、オセロが覚えているとは思っていなかった。


「この暴竜といわれる俺様を正義のヒーローとして働かせようなんて。

 そんなぶっ飛んだ発想をするやつは今まで一人もいなかった。


 俺を呼びだすやつは皆、世界征服したいとか、自分のすばらしさを示したいとか、何もかもぶっ壊したいとか、そーゆーのばっかりだったからな。

 陳腐。退屈。ひねりがない。こっちはやり飽きてる。一人でやってろ。


 その点ユディ、おまえは合格だ。

 おもしろい。やってやるよ。完全無敵のヒーローになってやる」


 ユディに向かって、手が差し出される。


「来い。俺の活躍を見せてやる。最前列の、かぶりつきで」


 ユディは制服の召喚士のバッチに触れた。

 現界を表す赤の円と、幻界を表す青の円が∞字型に配置されているのは、その形が示す通り。

 二つの世界が力を合せれば、その力は無限であるとの想いを込めてだ。


 まだ半人前の召喚士は幻獣の手を取った。

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