逃げる兵士に続いて、人の形をした土砂が山林から這い出てきた。
瘴気をまとって黒く、立てば見上げるほどに大きい。
顔の部分には目鼻口と思しき穴が開いていていた。
うう、おお、あああ、と言葉にはならないうめきを上げている。
「乗れ、ユディ。走るよりは早い」
ルジェに差し出された手を取って、ユディは後部座席に乗り込んだ。
「あれ、何? あんな魔獣、初めてみた。人間が元になっているの?」
「人間は人間でも、もう死体になっている人間が元だ。
たぶん洞窟で自決した反乱軍だ。洞窟を掘り起こしたから出てきたんだ」
ナイトが車を発進させる。
ユディたちは魔獣とかなり距離があったが、兵士たちを手助けするため、ルジェが立ち上がった。
「洞窟内にあった魔力は出口がなくずっと溜まっていたから、かなり濃い瘴気になっていたんだろうな。
濃い瘴気は無機物にすら命に似た物を与え、魔獣にする。
死体も例外じゃない」
兵士の一人を取り込もうとしていた魔獣が風の刃に裂かれた。
魔獣を構成していた土砂が元通り土に還る。
しかし、すぐにまた新たな土が取りこまれて魔獣は再生した。
「無機物タイプは厄介だ。
普通の魔獣には命がある。素体の息の根を止めれば終わる。
だけど、あいつらには命がない。
一気に払わない限り何度でも寄り集まって元通りになる」
ルジェは座席に置いていたカバンを漁った。
リングとブレスレットが一体になったアクセサリーが出てくる。
魔法の威力を増すための魔道具だ。
二度目の風の刃は数も威力も増した。
魔獣の身体はかなり細かく裂かれ、核となっている白骨死体が見え隠れした。
「すごい!」
「全然ダメだ。この程度の魔法では、中心部まで届かない」
ユディは手を叩いたが、ルジェは唇を噛む。
兵士たちが露出した白骨死体に向かって、魔導具の武器で直接攻撃する。
骨がバラバラになって地面に散った。
「やった!」
兵士たちが走るのをやめるが、喜ぶの早かった。
「ひえっ……」
ユディも兵士たち同様に頬を引きつらせた。
山林から二体目、三体目と黒い巨人が続々出てくる。
仲間が引きずってきた瘴気で、骨を砕かれた最初の一体も再生をはじめた。
本当にすべてを一気に払うか、根気よく散らして行かないと戦いが終わらないらしい。
「全部で六?」
「七だ!」
七体目は車体の前方に、進路を阻むように出てきた。
ルジェは七体目の魔獣の足元に魔法陣を展開した。
目を閉じ、呪文を詠唱する。
旋風が起こって、魔獣を四方に散らす。
ユディはまたも感動した。
「すごい! 上級魔法だよね」
「初級魔導士が使うのは違反だけどな。細かいことはこだわっていられない」
「ルジェ、ユディ、目と口と鼻を閉じて!」
ナイトは薄くなった魔獣の身体に車を突っこませた。
瘴気は人体に有害だ、ユディは両手でしっかりと顔を覆う。
自分ではろくに魔法が使えないので、ともかく足手まといにならないように気を付ける。
「……なんか一匹だけ、変だね」
七体目を通り過ぎた後、ユディは背後をふり返って怪訝にした。
最後尾にいる魔獣の様子がおかしかった。
話そうとするように、しきりに口をパクパクさせている。
言葉は出ず、意味のない低い声が出るばかりだったが、次第にそのうめきは独特の韻律を持ちはじめた。
うなり声で紡がれる、言葉のない不気味な歌が響く。
「……まずい!」
ルジェはナイトと運転を代わった。
助手席に立ったナイトが詠唱をはじめる。
何が起こるのかと、ユディは魔獣とルジェたちとに視線を右往左往させた。
「無機物魔獣は負の感情のこもった物体がなりやすい。
呪いに使われた人形だとか、たくさんの生き物を殺めた剣だとか、恨みを残して死んだ生き物とかな。
そばに使用者や死者の魂が留まっていた場合は、その魂ごと魔獣化する。
その魂が魔法使いだった日には最悪だ。
魔獣が魔法を使ってくる!」
ルジェの解説を証明するように、魔獣の前に魔法陣が現れた。
詠唱代わりの不気味な歌声が途切れると同時に、地面と垂直な魔法陣から炎が噴き出した。
炎が地を這う大蛇のように坂を駆け上がる。
兵たちを飲みこむ勢いだったが、ナイトの展開した防護結界が進攻を阻んだ。
軍の回復士も協力している、防御は決して弱くない。
しかし、激しく削られていく。
魔獣の魔法が強すぎるのだ。
「あの魔獣、もとは優秀な魔導士だったのかな?」
「ベテランの上級魔導士だろうな」
ルジェは背後を一瞥して、断じた。
魔法を使うのに慣れた魔獣は、今度は同時に二つ魔法陣を展開していた。
「だが、威力がすごいのは魔獣になったからだ。
あいつらは今や瘴気の塊で、瘴気は魔力の塊だ。
魔法は使いたい放題だし、術に注げる魔力もケタ違いだ」
「幻獣で例えるなら、普通の巨人が上位幻獣で、魔法が使える巨人が王獣クラス、かな」
ユディは手に汗がにじんだ。
学園まであと少しだが、あまり安心感はない。
「学園の結界、壊れてるよね。逃げ込んでも、あの魔法は防げないよね?」
「中央塔はまだ希望がある。あそこは最後の砦だからな。単独で結界を張る機構があったはずだ」
ルジェは車ごと学内に突っ込んだ。