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44.最強竜は帰っていきました

 オセロたちの頭上に展開された魔法陣がまばゆい光を放つ。

 あまりのまぶしさに、全員が防護魔法も忘れて目を覆った。

 熱した油に水滴が落ちたような激しい音が起こる。


 誰も死ななかった。

 ただ学園の結界が破壊された。

 中央塔を取り囲む六つの塔にヒビが入り、壁がぼろぼろと少し崩れる。

 教師たちが呆然とつぶやいた。


「……一度で」


「ははははは! さすがね! さすがだわ!

 皆様、よくおわかりになったでしょ?

 あなたたちの方が下がりなさいな」


 今だ、とユディは屋上に乗り込んだ。

 幸いルージュはこちらに背を向けており、勝利を確信して無防備だった。

 背後から飛びかかり、天使に借りた上着を頭からかぶせる。


「ユディ、枷を外せばいいんだな!?」

「お願い!」


 打ち合わせたわけではなかったが、ルジェはユディの一番の目的に取り掛かってくれた。

 飛翔の魔法を使ってオセロの背後に回り、首にある金鎖をつかむ。


「くそっ、なんだこの首飾り。やけに丈夫だな」

「ルジェ、離れて! 噛まれる」


 ナイトに言われて、ルジェは屋上から退避した。

 オセロはルジェの手出しを嫌がって、盛んに威嚇する。


「オセロ、暴れないで! 枷を外すだけだから!」

「ユディ、危ない!」


 オセロに注意が反れた瞬間に、ユディはルージュの上から弾き飛ばされた。

 ナイトに抱えられて、ユディも屋上から離脱する。


「生きてたのね、小娘。そこの天使のおかげかしら。運がいいこと。

 バカは治らなかったみたいだけれど」


 ルージュは乱れたヴェールを直し、杖代わりの短剣を抜いた。

 切っ先でユディを含む全員を指す。


「やってやりなさい、オセロ。

 手加減なんてするんじゃないわよ。

 したら、どうなるかわかるわよね?」


 ルージュが杖代わりの短剣を振るう。

 枷が縮み、竜の首を絞めつけた。


「今度は蘇生もできないくらいに消し飛ばしてやりなさい」


 勝ち誇って命令したルージュは、不意に怪訝そうにした。

 何か調子がおかしいというように、短剣を二三度左右に揺らす。

 苦しがるようにアゴを反らしていたオセロが、くつくつ喉を鳴らした。


「学園の結界を破壊できて満足満足。 あー、すっきりした。

 やっぱ檻は壊すためにあるもんだよな。枷も」


 オセロの首にぴったりと巻きついていた枷が緩まる。

 ぐぐぐ、と内部からの圧力に負けてその輪を広げる。

 オセロがユディに鼻先を向けた。


「ユディ、生き返んの早すぎ。

 せっかく魂が分離したから、生き返らす前に幻界に連れていこうと思ってたのに。

 一緒に幻界極楽スポット巡りしようって計画してたのに。

 天使、おまえ余計なことするんじゃねえよ」


 にらまれたナイトは、抱えたユディを見下ろし納得した。


「ユディの魂が肉体のそばになかったのは、君が持って行っていたからだったんだね」


 オセロの悠長な態度とは対照的に、ルージュは焦っていた。

 両手で短剣を握って集中するが、枷が広がっていくのを阻止することができない。

 ヴェールが外れて醜い傷痕があらわになるが構わなかった、何度もオセロを振り仰ぐ。


「なんっ、なんで、枷がっ!?」

「おまえも俺のこと弱く見積もりすぎなんだろ」


 オセロは順調に枷を緩めながら、あくびでも洩らしそうなほどのんびりいう。


「嘘、嘘よ! こんなことっ、あるわけない!

 この枷が破れるって――あなた、一体なんなの!?」


「オセロ様だよ」


 枷がはじけ飛んだ。


 その枷がどれほど強固なものか、教師たちは知らない。

 ユディだけがルージュの動揺を理解した。

 飛んできた枷の一部を手のひらに載せ、呆然とする。

 ルージュと同じく顔色を失くした。


「おまえら召喚士のがっかりする顔を見るのは俺の楽しみの一つだから、いつもならまたのリベンジを期待して半死半生で許してやるんだけど。

 今回はダメだな。おまえらは俺の一番のお楽しみを奪った。

 俺の選んだ契約者を殺すなんて、なんてことしてくれんだ?」


 ルージュはオセロに顔をのぞきこまれると、ガタガタと震え出した。

 恐怖のあまり発狂してやみくもにオセロに斬りつけるが、硬いうろこには傷一つつかない。

 にたり、と金の目が細められる。


「俺との契約の対価は、命だ。魂をもらうぜ」


 ルージュは頭からオセロに噛みつかれた。

 口から解放されたとき、赤く染まった体から半透明の白いものが引きずり出される。


「ひひひっ、幻界極楽スポット巡りができなくなった代わりに。

 てめえらを幻界地獄スポット巡りに連れていってやるよ」


 中央塔の中から、ルージュの身体から引きずり出されたのと同じ、白く半透明なものが二つ飛び出てくる。

 オセロは鋭い爪のある前足で、三つの魂をしっかりと掴んだ。


「たっぷり楽しませてやるぜ。魂が壊れるくらいにな」


 笑った口元からびっちり生えそろった凶猛な牙がのぞく。


「さあ、おまえら、帰り道を用意しやがれ!」


 オセロが咆えると、教師たちは一斉に杖を掲げた。

 自分で開けとはだれもいわない。天に幻界への扉を開く。

 壊れた枷に気を取られていたユディは我に返った。


「待って、オセロ! 聞きたいことが」

「オセロ様のお帰りだぜ!」


 ぎゃははははは、と凶悪な笑い声を響かせて、暴竜は扉の彼方へ消えた。

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