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32.決闘を申し込まれました

 座学の試験もつつがなく終了し、後はそれぞれの結果を待つばかりとなった。

 ユディの自己採点では、座学はどれも平均点はありそう、という手ごたえだ。

 追試の難は逃れられそうで、一段落である。


 試験を終えた自分へのご褒美に、ユディは南西棟にある学内のカフェへやってきた。

 ここの飲食物は食堂よりも割高だが、その分、学食よりも質が良くおしゃれだ。

 甘味が提供されているのも特徴で、女子生徒の人気が高い。

 ユディも甘い焼き菓子のにおいに心惹かれてやってきた一人だった。


「ブレンドハーブティーとクリームパイを一つ――やっぱり二つ下さい」


 小さなトレイを持って、窓際の席に着く。

 回復士の生徒たちが世話する薬草畑が臨め、ハーブ園には白やピンクの可憐な小花が咲き乱れていた。

 夏風にのってほのかにさわやかな香りが漂ってくる。


(落ち着くなあ)


 ユディは一口お茶を飲んだ。

 ハーブは身体の不調を軽減する効果もあるが、魔力の回復にも多少効果がある。


 ユディは魔力量が少ないので、なるべくハーブティーを飲むようにしていたが、試験の際、魔力切れで昏倒してからは常に飲むようになった。

 大食らいの契約獣を養うのは骨が折れる。


「あ、ユディだ。パイおいしそう。やっぱあたしも買おうかな」


 顔を上げると、ウルティだった。オレンジジュースの載ったトレイを持っている。


「ユディ、すごいね!

 召喚実習と魔法実習の成績、満点首位なんて。

 みんな大騒ぎだよ。ユディ=ハートマンってだれって、魔導士の子に聞かれちゃった」


 ユディはお茶を吹き出しそうになった。


「……け、結果、なんで知ってるの?」


 成績は個人にだけ通達されるはずなのだが。


「なんでって。

 全教科、上位十名の名前と点数は学食前に張り出されるから。

 さっき一年生の実習分が張り出されたんだよ」


 ね、とウルティは隣の友人と顔を見合わせる。

 友人の方も目をキラキラさせ、ユディに迫ってきた。


「本当にすごいね、ハートマンさん。

 あのホイスト先生から満点もぎ取るなんて、どうやったの?」


 同じテーブルに着いてくれた二人とおしゃべりを楽しみたかったが、ユディはパイを押し込み、一息にお茶を飲み干し、中央塔に急いだ。


 ウルティたちの言う通り、学食前の壁に前期の成績が張り出されていた。


 たいてい自分の受けた学科や、自分の学年にしか興味を持たないものだが、一年生の魔法実習の結果には人だかりができていた。

 一年生だけでなく、二年生、三年生までもが結果を凝視している。


「あのガイコツ先生が」

「ルジェ=スペイドですら『ノルマ以上に魔獣を狩ったから減点』なんてケチつけられて九十九点なのに、満点って」

「何やったんだよ、このユディ=ハートマンって子」


 一晩中、教師をおとりにして山の魔獣退治です。

 ユディは周りの質問に心の中で答えた。穴があったら入りたい。


 ユディは及第点が取れればよかったのだ。

 しかし魔獣退治後、オセロは気絶しているホイスト先生を叩き起こし、ユディを指しながらいった。


「こいつへの評価はそのまま俺様への評価だからな?

 そのへんよく考えて点数つけろよ、ガイコツ野郎。OK?」


 ホイスト先生はおもちゃの水飲み鳥のように何度もうなずいていた。

 手口が完全に裏道系である。ゴロツキと変わりない。反則だ。


「ズルしたのよ、きっと。でなくちゃあり得ないわ」


「ハートマンって、アレでしょ、竜を召喚したっていう子。

 召喚も規律違反だっていうのに、結局、契約もしているっていうじゃない?

 先生たち、何考えてるのかしら。えこひいきよね」


「大方、竜を使って脅したんだろ。

 卑怯者の召喚士に狂暴な竜、お似合いのコンビだよな」


 どこからともなくそんな声が聞こえた。

 学園に広がっている自分たちの悪評を考えれば湧くのも当然のウワサだ。

 ユディは手の先が冷たくなった。


「ユディ=ハートマン」


 一番呼ばれたくない場所とタイミングで、ユディは声を掛けられた。

 銀髪の少年がひたりとこちらを見据えている。


 学園一の魔導士ルジェ=スペイドだ。

 渦中の人物を発見して周囲がざわめいた。


「君に決闘を申し込む。

 僕もこの結果には大いに疑問がある。

 この目で君の実力を確かめたい」


「こ……今回の成績は、まぐれで。本当のまぐれで。

 全然私の実力じゃない。自分でもそれはよく分かってる。

 だから、決闘なんて」


 無理です、と断りたかったが、ルジェは許さなかった。


「まぐれならまぐれでいい。まぐれだということを証明してくれ」


 メガネの奥の青い目は義憤に燃えていた。

 不正なら不正で白日の下にさらさなければ気が済まないという意気が見て取れた。


「ああ、もちろん。竜も使ってもらって構わない。ぜひ呼んでくれ。

 あの竜に関する酷いうわさは数々聞いている。

 あんな幻獣が放置されているなんてことは、ドラゴンスレイヤーの家系として見過ごせない」


 ルジェは竜に対して一番闘争心を持っているようだった。

 ユディが竜を制御できていないことは知っているので、すべての元凶は竜にあると理解しているのだろう。


 立派な判断力と正義心だ。

 しかし、正義心を発揮する相手が悪すぎた。


 ユディは必死で断る口実を探す。

 オセロの犠牲者が増えることはなんとしても阻止したい。


「一つだけ条件をつけていい? あなたの守護幻獣も連れてきて」


 ルジェの眉がぴくりと動く。


「なぜ?」

「万が一に備えて」


 相手の勘気に触れたことは分かったが、ユディは譲らない。


「でないと、私も竜を呼ばないから」


 ルジェはうなずかなかったが、不承不承、苛立ちを飲みこむ。


「場所は中央塔の地下実技場だ。日時はまた連絡する。じゃあな」


 周囲から決闘を歓迎して歓声が上がった。

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