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31.帰ってって言ってるでしょおおおお!

 次に目を開けたとき、ユディは黒いうろこのある体にもたれかかっていた。

 オセロの身体と気づいて飛び起きる。

 いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。日は傾き、茜色の空が仰げる。


「起きたかね、ハートマン君」


 ユディを囲うように広げられた竜の翼の向こうに、ホイスト先生が立っていた。


「魔力切れで倒れるとは。

 しかも昏倒するほどの完全な魔力切れで。

 そういうのは中等部までに済ませておく経験だと思うがね」


 ユディはシルフが消えたわけを理解したが、眉をひそめた。

 今日は下位幻獣を二頭召喚し、魔法を乱発したが、それだけで昏倒するほどの魔力切れになるのは腑に落ちない。

 オセロが鼻先を押し付けてくる。


「おまえ、俺の維持魔力を勘定に入れてないだろ」


 契約獣を現界に維持しておくには魔力が必要で、維持魔力は何にも優先して消費される。

 ユディはようやくこの事態に得心し、唖然とした。


「私、所持魔力の大半をオセロに食われてるってこと?

 嘘でしょ、どんだけ大食らいなの?

 起きるまで守っててくれたことはお礼をいうけど、それなら幻界に帰ってよ。一時的にでも!」


「ん? ずっと一緒にいたい? わかったわかった。絶対、帰らない」

「帰ってって言ってるでしょおおおお!」


 ユディは押し付けられる鼻先をべちべち叩いた。

 ホイスト先生が近くの木の幹を鞭で叩く。


「試験は終了だが。ハートマン君、君の魔獣退治の成果は?」

「……捕食させていたスライムを、誤って他の生徒に討伐されました」

「証拠は?」


 当然来るだろうと思った反論に、ユディは押し黙る。

 スライムを倒した生徒の顔もあいまいだ。

 苦渋の思いで申し出る。


「追試を受けます」


「君に関しては追試は必要ないだろう。

 呼んでも来ないと言っていた竜も来たことだ。

 今から退治をやり直したまえ。その竜を連れていれば簡単だろう?」


 ホイスト先生は意地悪く竜を見た。


「いいか、山の魔獣を始末しろ。全部だぞ」

「全部!?」

「明日の朝までに終わらなかったら落第だ」

「朝までに!?」


 無茶な注文だ。ユディは絶望したが、ホイスト先生は冷淡に付け加える。


「ああ、もちろん山を燃やすとか、山を破壊するとか、そういうやり方は却下だ。

 即刻退学にするからな」


 では、とホイスト先生はきびすを返した。

 背を向けた瞬間、オセロはそれまでユディにすりつけていた鼻先をホイスト先生の方に向けた。


「待てよ、ガイコツ野郎。てめえも残れよ」

「なんだと?」

「後から難癖つけられちゃたまらないからな。

 全部俺が片付けるところを見てろ。その目で」


 オセロの金の目が夕闇の中できらめいた。

 地面を突き破って木の根が飛び出し、ホイスト先生を囲った。


「さー、魔獣ども、寄ってこい。エサだぞ。骨と皮ばっかで食いではないけど」

「貴様、俺を囮にする気か!」

「まずは一匹」


 草むらから黒く大きなバッタが飛び出てきた。

 オセロがフッと、炎の息を吹きかける。

 二匹目、三匹目のバッタが檻をかいくぐり、ホイスト先生の身体に飛びついた。


「くそっ」

「おっと、てめえは手出しするなよ。俺に全部やれって言ったよな?」


 ホイスト先生の手から短鞭がすっぽ抜けた。


「中に入ってきた分はどうしてくれるんだ!」

「こうする」


 ホイスト先生の身体を白い光が包んだ。


「随時ダメージを回復する魔法。これなら文句ないだろ?」

「な――!」


 ホイスト先生が青くなったように、ユディも頬が引きつった。

 魔獣を倒しもしないで回復魔法だけ。

 傷を食らっては癒され、傷を食らっては癒され、の無限ループだ。


「ふざけるな! ここから出せ!」

「まあまあ、死にはしないんだから待っててくれよ。

 こっちは忙しいんだよ。ちまちま倒せって指定されたからなあ」


 オセロは寄ってくる小型魔獣にひたすら炎の息を吹きかける。

 普段使っている魔法の高度さ、複雑さを思えば、あきらかな手抜きだ。

 ホイスト先生は苦労してバッタを檻の外へ追い出した。


「ユディ、俺から離れるなよ。俺の周りは結界貼ってあるから魔獣は寄ってこない」

「もう帰りたいよ」


 オセロの独壇場に引きずり込まれたホイスト先生の災難が見ていられない。


「いいぜ、部屋に戻って一緒にもう一眠りするか。

 起きた頃には魔獣もいい感じに集まってるだろうし」

「全然眠くないから引き続きお願いします!」


 ユディはささやかに助け舟を出してみる。


「もうあんまり寄って来なくなったね。終わりでいいんじゃないかな?」

「この辺りのはな。遠くにいるのもおびき寄せないと」

「もういい。終わりでいいから」


 ホイスト先生も終了を告げるが、オセロが聞いているわけがなかった。


「やっぱり魔獣狩りには血と肉のにおいが必要だよな?」


 青ざめたホイスト先生に、頭から何かが降り注いだ。

 くず肉と臓物たちだ。どこかの解体場から失敬したのだろう。


 生臭いにおいに惹かれて、また山がざわめく。

 いっそう遠くから魔獣たちが寄ってくる。

 リスやネズミたちが檻に飛びついて、その立派な前歯で檻を噛みはじめた。


「ひっ! ひいいっ! やめ、やめろ! 来るな! かじるな!」


 慌てふためくホイスト先生に、オセロが目を細めてニタニタ笑う。


「泣け、騒げ、わめけ。もっと、もっと。

 魔獣は獲物の悲鳴に集まる。

 山中に聞こえるように泣き叫べ」


 山にとオセロの哄笑とホイスト先生の絶叫が響く。


 退治が終わるころにはホイスト先生は白目をむいて気絶していたが、ユディはちゃんと実習試験に合格をもらった。

 もちろん、満点で。

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