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30.期末試験

 期末試験がはじまり召喚実習の試験日がやってきた。

 山に入るので、生徒たちはいつもの制服ではない。

 屋外実習用の軍服に似た制服に、山歩きに必要なものを詰めたバックパックを背負っている。


 学園で、現地で魔獣退治というのは初めてのことだが、生徒たちの意気は高かった。


「小型魔獣二匹を退治できれば、召喚実習と魔法実習の試験を両方をクリアなんだって。ラッキーだよね」


「ガイコツ先生の試験、難関って評判だもんね。

 あの先生、過去に一度も満点を出したことがないらしいよ。意地悪い。

 魔獣退治の方が気が楽だよ」


 同級生たちの話にユディも同感だった。


 ユディは魔法がさほど得意でない。

 魔獣退治の際には、ユディ自身も魔法を使わなければならない場面もあるだろうが、ホイスト先生の前で実演させられるよりは気楽だ。


 試験前に、ホイスト先生が集まった生徒たちに注意事項を話し出す。


「小型魔獣といえど魔獣は魔獣だ。決して油断するな。


 魔獣だけでなく山自体にも注意しろ。

 山にはヘビやハチ、毛虫といった害虫もいる。慣れた山でも迷う危険もある。


 一人一枚、この札を持って行くように。

 これは教員が諸君らの居場所を把握するための物だ。

 失くしたら野垂れ死んでも知らんぞ。


 最後に、他の生徒に注意しろ。

 今日は魔導士志望の生徒も、召喚士志望の生徒も、両方山に入る。

 魔法を使ったり幻獣を使ったりする時は、周囲に人がいないか気を配るように。

 あそこに回復士の生徒を呼んでいるから、出発前に防護魔法を受けろ。


 では各自、準備が整ったら出発」


 ユディは魔獣退治にあたって下位幻獣を二匹呼び出した。


 一匹は下級の風の精霊シルフ。探索用だ。


 もう一匹はスライム。退治用だ。

 なんでも捕食するという以外に特別な能力はないが、逆に味方に危害を及ぼす可能性は格段に低い。

 今日のように大勢で退治を行う時には安全性の高い幻獣である。


 見回りに来たカラハ先生が感心した。


「いい選択ですね。的確です」

「ハートマン君、契約獣は?」


 一緒にやってきたホイスト先生は、表情筋をぴくりとも動かさなかった。


「今回の試験は、いなくてもいいとカラハ先生が」


「公平を期すため、今回の試験、魔導士志望の生徒はカラハ先生が、召喚士志望の生徒は私が合否を下すことになっている。

 君の試験官は私だ。

 契約獣を呼びたまえ。他の生徒にも呼ばせているんだからな」


「……呼んでも来ないです」


 だいたい、この場にオセロを呼んだら阿鼻叫喚だ。

 先日のオセロによる幻獣捕食事件は生徒たちに恐怖を植え付けている。

 カラハ先生が遠慮がちに口を挟んだ。


「ホイスト先生、免除を。竜がいると怯えてしまう幻獣もいますから。試験に差し障ります 」

「まあいい。それならハートマン君、君のノルマは四匹だ」


 倍だ。ユディは胃が重くなった。


「それが公平というものだろう。

 なお、ノルマが達成できなかった生徒は、追試として通常の試験を受けてもらうので、そのつもりで」


 ユディが内心悲鳴を上げると、後ろで本当に悲鳴が上がった。

 ウルティだ。虫が苦手なので小型魔獣の退治という試験すら苦難だ。その上追試になったら悪夢である。


「お互いがんばろうねえ、ユディ」

「うん」


 気は重いが、以前ウルティに語ったように、ユディは下位幻獣の退治なら慣れたものだった。

 シルフに周囲を探索させ、一時間ほどで魔獣化したムカデとハチをスライムに捕食させる。


 運が良かった。ハチは巣ごと魔獣化していたので、巣ごと捕食させて一網打尽だ。

 ノルマの四匹を軽く超えた。


「……さすがにハチの巣丸ごと捕食すると、結構グロいなあ」


 ユディは戻ってくるスライムに率直な感想を漏らした。


 今回の退治は、退治の証拠として魔獣の一部を持って帰らなければならない。

 スライムならば消化し終えるまでの間、退治した魔獣が内部に留まるので、わざわざ自分で持ち歩かなくていい。


 それもあってスライムを選んだのだが、透けた体にみっちりハチと幼虫が詰まっているのは見た目がよろしくなかった。魔獣ハチのゼリー寄せである。


「ウルティが見たら気絶しそう」

「ぎゃっ、何アレ! キモ! 新手の魔獣!?」


 悲鳴を上げたのは魔導士の生徒だった。

 止める間もなかった、電撃がスライムを襲った。


 ユディは思わず、げ、と汚い声をもらした。

 スライムの身体が霧散する。死亡し、幻界へ強制送還されたのだ。

 結果、スライムから解放されたハチの魔獣が飛び出してくる。


「きゃああああ! ウソウソウソウソ!」


 ユディは滅茶苦茶に杖を振って、魔法を乱発した。

 なかなか当たらず威力が足らずでムダに魔力を消費するだけだったが、スライムを退治した魔導士が火炎の魔法で一気に片づけてくれる。


「大丈夫だった? 危なかったね。

 ああ、魔獣。最大火力でやったから、ほとんど原型残ってないなあ。

 大丈夫なのはこれと、これくらいかあ。

 じゃあね、お互いがんばろうね」


 魔導士は魔獣の死骸を拾い上げると、笑顔で軽やかに去っていった。


 完全なる親切心。

 他人の召喚獣を倒してしまったと気づいても無いし、獲物を横取りしたという自覚もない。

 ユディはただただ、笑顔を張り付けて手を振るしかなかった。


(や、やり直し……)


 ハチの魔獣は魔導士が拾っていった以外は炭と化していた。

 最初に退治した魔獣ムカデも同様だ。

 シルフが心配そうにユディの周りを飛び回る。


「仕方ないよね。こういう事故もあるよね。ケガがなかっただけ儲けもの。次行こう、次」


 ユディは立ち上がろうとして失敗した。

 足に力が入らない。腕にも。身体が重い。

 周りを飛んでいたシルフの姿が徐々に薄れ、そよ風に溶け消える。


(なんで――?)


 とりあえず人目につく場所まで、と思って這っていたのは覚えているが、ユディは途中で意識を失くした。

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