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29.暴竜様にスキが生まれる時

「だれかと待ち合わせてるの?」

「なかなか呼ばれないから、とうとうこっちが現界に来るハメになった」


 トランプタワーの頂点にスペードのAとハートのQが立つ。

 見事、六段のトランプタワーが完成した。


「だれ? だれと待ち合わせてたの?

 呼んでこようか? 連れてこようか?」


 オセロは人から求められることはあっても、オセロの方から人を求めることがあるとは思わなかった。

 想定外の願い事だ。ユディは思わず身を乗り出す。


「ひよっこ。大好きなシロは早く呼ばないのか」


 オセロがタワー作りで余ったジョーカーの札を投げつけてくる。

 待ち合わせ相手を教えてくれる気はないらしい。


「だってオセロ、いじめるでしょ」

「そっちこそ、俺が連れてきてやろうか。親愛なるご主人様のために」


「……いじめない?」

「そんなにシロが大事か?」


 シロのことを教えてしまうのは不安だったが、もう半ばバレている。

 ユディは素直に吐いた。


「もしオセロがシロを食べちゃったりしたら私、ショックで召喚士やめると思うから。絶対やめてね」

「へー」


 オセロは足を組み、載せた足に頬杖をついた。興味津々で見上げてくる。


「シロは無口でおとなしい幻獣なの。

 出会ったときはすごく乱暴だったけど、あれは怯えてたんだろうね。

 繊細な子なんだと思う。


 見た目もその通りなんだ。

 真っ白で真珠みたいにきれいで、ヒト型になるとはかなげな美少年なの。

 学園に来てる天使様に雰囲気似てるかな。


 シロはしゃべれなかったし、人語が分かっているかは怪しかったけど、とっても賢いんだよ。

 ゲームが強くて、お兄ちゃんたちにも勝っちゃうし。

 ピアノを教えてあげたら、すぐに覚えて私より弾きこなしちゃったりするんだ。

 人間だったら、いいところのお坊ちゃんって感じに上品」


「ほー」


「優しくてね。

 転びそうになったところを助けてくれるし。

 私が男の子にお菓子を取られたら、ゲームで取り返してくれたりもしたし。

 ……私にとっては白馬の王子様」


 ユディが頬を赤らめながら告白すると、オセロが盛大に吹き出した。

 腹を抱えて笑い出す。

 頬杖も足組みも崩れ、せっかくできあがったトランプタワーが崩壊した。


「オセロ、人の初恋を笑うのやめてくれる!?」

「初――」


 抗議すると、オセロはさらに大笑いした。

 ソファから転げ落ち、バンバンとローテーブルを叩く。

 息も絶え絶えに言葉を絞り出した。


「おま……追い打ちかけんのやめろ」

「なにがよ。なんでそんなに笑うの? 人の思い出を笑うのはやめて!」

「やばい。ここ千年でダントツに笑った。くっそ楽しい」


 ユディが怒れば怒るほど、オセロは笑った。腹をよじって身悶えする。


「うわ。やば。死ぬ。

 笑い死にで幻界に強制送還とか、笑えないけど笑える。

 すげーな、おまえ。俺にここまで命の危機を感じさせたのおまえだけだぞ」


「トドメ刺そうか?」


 ユディは真顔で分厚い幻獣辞典をかまえた。

 なんとか笑いを納め、ソファに這い上がったオセロに怒鳴る。


「もう、やっぱりあなたなんか嫌い! 早く幻界に帰って!」

「俺を幻界に帰したきゃ、俺を倒すんだな。絶対無理だけど」


 オセロはべーっと舌を突き出し、憎たらしいほど余裕の笑みを浮かべる。


「ユディ」


 不意に名前で呼ばれ、ユディは心臓が跳ねた。


「契約獣作るの許可してやるよ。そいつの俺への絶対服従を条件にな」

「それ実質オセロの契約獣だよね?」


 ソファを頼りに立ちあがるオセロに、ユディはトランプの箱を投げつけた。

 その後もオセロはベッドに向かうまでに、何度も思い出し笑いをした。

 壁や柱を頼りによろよろとベッドにたどり着く。


 ユディが見た中で一番苦しそうで一番スキだらけの状態というのが、また腹立たしい。

 本人にその気がなくてもおちょくられている感が増す。


(やっぱり話すんじゃなかった!)


 ユディは盛大に後悔し、その夜、笑い声が聞こえるたびにベッドに物を投げた。

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