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27.いつでもスキなし

「授業を始めるぞ。席に着け」


 鐘が鳴る前に、教員が教室にやってきた。

 思い思いに過ごしていた生徒たちが一斉に着席し、背筋を正す。

 ユディもオセロの手から強引に辞典を奪い返し、教本を出した。

 隣に居座っているオセロに一言注意する。


「静かにしてないとダメだよ。今からの先生はすごい厳しいから」


 今からは魔法実習の授業。

 主に魔導士を目指す生徒が受ける授業だが、受ける生徒は魔導士だけに限らない。

 召喚士自身もある程度魔法が使えた方がよいので、ユディも受けている。


 担当はホイスト先生で、頬のこけた青白い顔から『ガイコツ先生』というあだ名をつけられている教師だ。

 音を立てて教壇に名簿を置き、鐘と同時に入ってきた生徒を誰何する。


「今入ってきた生徒、名前を言え」


 遅刻扱いにされると察して、生徒は弁明した。


「お手洗いで席を外していただけで。教科書はもう机に置いてあります」

「教師が来る五分前にすべて済ませておくものだ。名前を」


「朝から腹の調子が悪くて」

「それ以上の言葉は私語扱いにするが」


 生徒は観念して名前を吐いた。

 教室はすでに水を打ったように静まり返っている。

 ホイスト先生はとても気難しく厳しい先生なので、目をつけられると大変だ。


 大多数の生徒がそうであるようにユディも苦手だが、今日は早く来てくれたホイスト先生に感謝した。おかげでオセロの追及をかわせた。

 オセロのことは完全無視して、授業に全集中する。


 ところが。

 授業の途中で、ユディは肩に無視できない重みを感じた。

 ちらと顔を動かせば、オセロが自分の肩にもたれかかって寝ていた。


 重い。角が刺さりそうで怖い。部屋で寝て欲しい。

 ユディは軽く揺さぶったが、オセロは起きなかった。


 規則正しい寝息が聞こえてくる。

 こっちの苦労などチリほども気づいていない安らかな寝顔だ。

 どことなく幸せそうにすら見えた。


 憎々しいことだが、幻獣大好きなユディは心がうずいた。

 幻獣が自分に慣れて素の一面を見せてくれることが、ユディは何より嬉しい。

 相手がオセロであろうとそれは止められない心の動きだ。

 起こしたらかわいそう、という情が湧き、オセロを揺さぶる手を止める。


「そこ。用がないときは幻獣はしまっておけ」


 ホイスト先生が杖代わりにしている短鞭でユディを指した。


「用がない時は幻獣は幻界にしまっておく。

 契約獣を現界に留めておくと維持魔力を喰うからな。

 召喚士の基本だろう」


 ユディは再びオセロを揺さぶった。


「起きて。部屋で寝なよ。寝にくいでしょ」


 オセロはうっすら目を開けたが、また閉じた。

 ユディの肩でなく膝を枕に再び眠り出す。

 ユディが変更して欲しいのは寝場所であって寝方ではないのだが。


「幻界に返せと言っているだろう」

「帰還の呪文が効かないんです」


 ホイスト先生はユディの連れている幻獣について何も知らないようだった。

 他の教師のように見なかったことにしたり恐れたりしない。

 ユディはてっきり教員たちは全員知っているものと思っていたが違ったらしい。


 思い出してみれば、ホイスト先生はオセロが学園の結界を破壊しようとした時にはいなかった。

 その後、他の教師から騒ぎの詳細を聞くこともなかったのだろう。


「呪文が効かない、か。君の成績では仕方がないかも知れんな」


 ホイスト先生は手元のファイルに目を落とした。


「召喚士というのは幻獣頼みで魔法が不得手なものだから、今さらとやかくいわないが。

 だったらなおさら、幻獣の管理くらいはきちんとするべきではないかね?」


「授業の邪魔はしませんから」


 契約獣を出している召喚士はユディだけではない。

 しかし、ホイスト先生は許さなかった。短鞭の威力を確かめるように近くの机を叩く。


「そんな気弱で甘い態度だから幻獣に舐められるんだ。

 もっと毅然と接したまえ。しつけの仕方というものを教えてやる」


 短鞭が振り上げられると、ユディは思わずオセロをかばった。

 激しい火花が散る。


「――ぎゃあああっ!」


 叫んだのはユディでなくホイスト先生だ。

 ユディがゆっくり身を起こしてみると、先生はトゲトゲとした光の輪で縛られ、床の上でのたうち回っていた。


「何した!」

「何を驚いてんだよ。てめえの術を返しただけだろうが」


 オセロが大儀そうに身を起こす。


「起きていたのか」

「てめえがうるせーから起きたんだよ。

 寝てる間は防護魔法貼っとくぐらい常識だろ」


 オセロに蹴飛ばされ、ホイスト先生は階段状の通路を三段ほど転げ落ちた。

 手も足も出ず、ただただオセロを睨みつける。


「こんなことをして許されると思うなよ!」


「人の寝込みを襲うやつは許されんの?

 ギャンギャンうるさいバカ犬め。

 さてはしつけが足りてないな? 俺様が直々に教鞭を取ってやろう」


 オセロは床に落ちていたホイスト先生の短鞭を拾った。

 左手で柄を、右手で先をつまんで、愉しそうに笑う。

 ユディは肩をつかんだ。


「術を解いて。今は授業中だからおとなしくして」

「自分の術を自分で解けないようなやつに学ぶことあるか?」


 オセロは冷淡だったが、鞭から右手をはなした。


「ま、でも。今の俺はとても機嫌がいいし。

 最強な俺様をかばうなんて最高にアホおもしろいご主人様に免じて特別に許してやろう」


 オセロはユディの頭をポンポン叩くと、短鞭で勢いよく教師を叩いた。

 魔法の枷が砕け、霧散する。

 鞭の痛みと術が砕ける衝撃で、ホイスト先生はまたも絶叫した。


「どうしました、ホイスト先生!」

「どうもこうも、あの幻獣が」


 悲鳴を聞きつけて、他の教員が教室に駆け付けた。

 オセロを見て及び腰になり、ホイスト先生にささやく。


「――あれが?」

「ともかく放置で」

「ふん、ウワサ通りの問題児だな」


 さんざんな目に遭ったホイスト先生だが、怯むどころか一段と敵意をむき出しにした。

 自分に無礼を働いた幻獣の正体を知っても怖がる様子はない。

 ふたたび短鞭を取ると、気合を入れなおすように教壇を叩いた。


 ガイコツ先生の醜態をおもしろがっていた生徒たちはいっせいに口をつぐむ。

 オセロはまた契約主の膝を枕に寝入った。


(……睨まれてる)


 ユディはホイスト先生の視線が気になって、その日の授業に集中できなかった。

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