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26.契約獣は嫉妬深い

 「そうですか、そんなことが」


 三年生との私闘の件を報告すると、カラハ先生はこめかみを押さえた。


「何も起こらないのが一番ですが、ともかく人死にも出ず山火事にもならず良かったです。苦労をかけますね」

「いえ、一番は召喚してしまった自分が悪いので」


 一通り報告が終わると、ユディは気になっていたことを尋ねた。


「縄で囲ってあった木の魔獣はなんだったんですか? 植物の魔獣は珍しいからですか?」


「あれは軍部への報告用に隔離して残してあったのですよ。

 魔獣はなりやすい順、というものがありましてね。

 動物、植物、無機物、の順になりやすいのです。

 出る魔獣の種類で瘴気の濃さが分かります」


「ということは……山の瘴気はかなり濃いということですか?」


「そういうことです。

 今回発見した場所以外にも、魔道具の置き場があるのでしょう。

 今まで発見した分だけでは植物まで魔獣化はしませんから。


 一番怪しいのは反乱軍が自決したという洞窟ですね。

 木の下あたりにちょうど洞窟がありますし。

 土砂で埋もれているので、掘り起こすのが大変そうです」


 カラハ先生は自分の教員室の壁に張ってある地図を一瞥し、話題を変えた。


「魔獣のことは学園と軍が考えることですから、あなたは心配しないで。

 学生のあなたが心配するべきは期末試験。

 召喚ができるようになったのですから、がんばってくださいね。

 前期の試験をパスすれば、晴れて後期も召喚士コースですよ」


「はい!」


 一時は転科を勧められただけに、ユディはカラハ先生の言葉に勇気づけられた。

 足取りかるく教員室を出て、次の授業の教室に向かう。

 階段状に配置された机とイスのうち後方の端に腰かけた。


(まだ時間あるし)


 ユディはいそいそと幻獣辞典を開いた。

 召喚実習の試験には契約獣が必要になる。

 早いところユディも契約獣を作っておかなければならない。


(だれにしようかなあ)


 ユディは浮かれながら、付箋だらけの辞典をめくる。

 どれにも心惹かれたが、一番長く手が止まったのは辞典の最後にいる幻獣だ。


 辞典の正式な掲載ではなく、ユディが独自に付け足した幻獣。

 子供の頃に出会った迷子幻獣のシロ。

 忘れないようにとスケッチした紙を、裏表紙の内側に貼りつけてある。


「俺以外に契約獣作ったら食い殺すからな」


 ユディは身をこわばらす。

 隣にオセロが腰かけてきた。辞典を取り上げられる。


「この付箋は?」

「しょ、召喚士になったら召喚したいと思ってた幻獣」


 オセロは付箋のついたページを丹念に繰る。

 ふーん、へー、ほおー、の一言一言がなぜか意味深で怖い。

 ユディは経験もないのに、なぜだか浮気を責められている百股男の気分になった。


「試験でいるんだよ、契約獣が」

「それは別腹、みたいな言い訳すんな。

 俺様と契約していながら、俺一人では不足とはいわせねえからな」


「いや、その、オセロだとちょっと」

「このオセロ様の万能具合を舐めてんのか、ひよっこ」


 オセロの実力は疑っていない。

 契約者への従順度を疑っているだけだ。

 いくら強かろうが、試験の時にユディの指示に従ってくれなければ意味がない。

 きちんと契約獣を扱えなければ召喚士失格である。


「――これは?」


 ユディはひっと悲鳴を上げそうになった。

 開いて見せられたのは、迷子幻獣シロのページだ。


「なんでもないよ。ただの落書き」

「『シロ大好き』とか書いといて、何も無くはないよなあ?」


 ユディは無邪気に愛の告白を書き添えた子供の頃の自分を呪った。


 今やオセロの口角は吊り上がっている。

 おもしろいおもちゃを見つけたといわんばかりに、満面の笑みだ。


「なにコレ? どういう関係?」


 ユディは意地の悪い愉快犯である暴竜に対し、絶対に何もいわないぞと口を引き結んだ。

 同時に、オセロと契約解除できるまでシロだけは召喚しないと決意する。

 無口でおとなしいシロはきっとオセロに虐められてしまうだろう。

 それだけは避けなければ。

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