「そうですか、そんなことが」
三年生との私闘の件を報告すると、カラハ先生はこめかみを押さえた。
「何も起こらないのが一番ですが、ともかく人死にも出ず山火事にもならず良かったです。苦労をかけますね」
「いえ、一番は召喚してしまった自分が悪いので」
一通り報告が終わると、ユディは気になっていたことを尋ねた。
「縄で囲ってあった木の魔獣はなんだったんですか? 植物の魔獣は珍しいからですか?」
「あれは軍部への報告用に隔離して残してあったのですよ。
魔獣はなりやすい順、というものがありましてね。
動物、植物、無機物、の順になりやすいのです。
出る魔獣の種類で瘴気の濃さが分かります」
「ということは……山の瘴気はかなり濃いということですか?」
「そういうことです。
今回発見した場所以外にも、魔道具の置き場があるのでしょう。
今まで発見した分だけでは植物まで魔獣化はしませんから。
一番怪しいのは反乱軍が自決したという洞窟ですね。
木の下あたりにちょうど洞窟がありますし。
土砂で埋もれているので、掘り起こすのが大変そうです」
カラハ先生は自分の教員室の壁に張ってある地図を一瞥し、話題を変えた。
「魔獣のことは学園と軍が考えることですから、あなたは心配しないで。
学生のあなたが心配するべきは期末試験。
召喚ができるようになったのですから、がんばってくださいね。
前期の試験をパスすれば、晴れて後期も召喚士コースですよ」
「はい!」
一時は転科を勧められただけに、ユディはカラハ先生の言葉に勇気づけられた。
足取りかるく教員室を出て、次の授業の教室に向かう。
階段状に配置された机とイスのうち後方の端に腰かけた。
(まだ時間あるし)
ユディはいそいそと幻獣辞典を開いた。
召喚実習の試験には契約獣が必要になる。
早いところユディも契約獣を作っておかなければならない。
(だれにしようかなあ)
ユディは浮かれながら、付箋だらけの辞典をめくる。
どれにも心惹かれたが、一番長く手が止まったのは辞典の最後にいる幻獣だ。
辞典の正式な掲載ではなく、ユディが独自に付け足した幻獣。
子供の頃に出会った迷子幻獣のシロ。
忘れないようにとスケッチした紙を、裏表紙の内側に貼りつけてある。
「俺以外に契約獣作ったら食い殺すからな」
ユディは身をこわばらす。
隣にオセロが腰かけてきた。辞典を取り上げられる。
「この付箋は?」
「しょ、召喚士になったら召喚したいと思ってた幻獣」
オセロは付箋のついたページを丹念に繰る。
ふーん、へー、ほおー、の一言一言がなぜか意味深で怖い。
ユディは経験もないのに、なぜだか浮気を責められている百股男の気分になった。
「試験でいるんだよ、契約獣が」
「それは別腹、みたいな言い訳すんな。
俺様と契約していながら、俺一人では不足とはいわせねえからな」
「いや、その、オセロだとちょっと」
「このオセロ様の万能具合を舐めてんのか、ひよっこ」
オセロの実力は疑っていない。
契約者への従順度を疑っているだけだ。
いくら強かろうが、試験の時にユディの指示に従ってくれなければ意味がない。
きちんと契約獣を扱えなければ召喚士失格である。
「――これは?」
ユディはひっと悲鳴を上げそうになった。
開いて見せられたのは、迷子幻獣シロのページだ。
「なんでもないよ。ただの落書き」
「『シロ大好き』とか書いといて、何も無くはないよなあ?」
ユディは無邪気に愛の告白を書き添えた子供の頃の自分を呪った。
今やオセロの口角は吊り上がっている。
おもしろいおもちゃを見つけたといわんばかりに、満面の笑みだ。
「なにコレ? どういう関係?」
ユディは意地の悪い愉快犯である暴竜に対し、絶対に何もいわないぞと口を引き結んだ。
同時に、オセロと契約解除できるまでシロだけは召喚しないと決意する。
無口でおとなしいシロはきっとオセロに虐められてしまうだろう。
それだけは避けなければ。