竜が幻獣を捕食したとか、竜が壁を破壊したとか、竜が魔道具を壊したとか、竜が天使様を殺そうとしたとか。
オセロの悪評は速やかに学内に広まった。
ユディがオセロと廊下を歩けば人が割れ、食堂に行けば周りの席が空く。
前にも増して孤独が深まった気がした。
ユディはとぼとぼと力ない足取りで寮へ帰る。
「お疲れ、ユディ。よかったらこれ」
寮の談話室を通ると、ウルティがお菓子を差し出してきた。
花柄のペーパーナプキンにマフィンが包まれている。
「うちの家から荷物が届いたから、お裾分け」
「あ――りがとう!」
人から物をもらうことは久しぶりだったので、ユディは感激した。
「ここで食べて行く? ちょうどお茶も入ったところだし」
「いいの?」
ウルティは数人の友人たちとお茶会中だった。
ローテーブルには山盛りのマフィンがあり、カップに注がれた紅茶が湯気を立てていた。
皆、ユディのために席を詰め、一人分座れるスペースを作ってくれる。
「じゃあ遠慮なく」
「うるさいわね!」
座りかけたところで、談話室にミゼルカたちが入ってきた。
ユディは思わず座りかけの姿勢で固まったが、自分に言われているわけではないと気づく。
ミゼルカはいつも連れている友人たちに言ったのだ。
「やめた方がいいって。アレはヤバいよ」
「大丈夫よ。あたしの彼氏、すごい強いもの」
口元に優越感をにじませて、ミゼルカがこちらを一瞥してきた。
ユディは何度目かの悪寒を覚える。
「――って、あ!」
ユディはいつの間にか手の中のお菓子を食べられていることに気づいた。
オセロだ。我が物顔でマフィンの半分を咀嚼している。
「竜さん、いや、竜様の分もあるけど」
ウルティがもう一つマフィンを包むと、オセロはそちらも平等に搾取した。
あくびして談話室を出て行く。
「お茶はごめん、やっぱりやめとく。誘ってくれてありがとう」
オセロに気づくと、談話室にいる寮生たちに緊張が走ったので、ユディはやっぱり誘いを断った。
二分の一ずつになってしまっている両手のマフィンに口をとがらす。
「なんでわざわざ人のを取るかなあ」
「ユディのだから欲しいんじゃない?」
ウルティはふふっと微笑ましそうに笑ったが、ユディは笑えなかった。
それが本当なら俺のものは俺のもの、おまえのものも俺のもの、骨の髄までいじめっ子である。
(オセロの正体、皆にばれないといいけど。
契約解除できるまで平穏に過ぎて欲しいよう)
ユディは階段を上りながら平和を祈ったが、希望は翌日すみやかに裏切られた。
「ユディ=ハートマン? 竜使いの」
昼休み。
ユディは校庭で赤毛の男子生徒に話しかけられた。
ネクタイに入っているラインは青、三年生だ。
友人らしき男子生徒を二人連れている。
「俺はランス。君と同じで召喚士目指してるんだよね。
せっかくだから竜を見せてもらいたいって思ってんだけど、呼んでくれない?」
「……呼んでも来ないです」
ランスが吹き出した。
バカにしているのと本当におかしいのと、半々といった雰囲気だ。
「いいねー、素直! バカ正直に無能っぷりをさらけだしてくれるなんて。
どこの世界に自分の契約獣を呼び出せない召喚士がいるの?」
「む、無理やり契約させられているだけで、ちゃんとした契約獣でもないんです」
ランスはこらえることなく爆笑した。
連れの二人も吹き出す。
「おっかしー! 幻獣に無理に契約させられてるって。
召喚、マジで失敗してんだ。全然いうこと聞かないんだ?」
「……そうです」
笑い転げるランスに気分が悪くなる。
ユディは無視して立ち去ろうとしたが、腕をつかまれた。
「俺さあ、実はすでに二年生の時から中級召喚士の資格持ってんだよね」
ランスは胸にある中級召喚士のバッチを見せつけてきた。
たいていの生徒は卒業と共に中級召喚士の資格を取得するが、在学中の取得も可能だ。
休日に特別学校に通い、召喚士協会の定めている課程をこなせば良い。
「そんなんだと、もう同級生が契約しているような幻獣じゃ相手にならなくて。
もっともっと強い幻獣と戦いたいって思ってるんだよね」
「離してください」
ランスに近寄られると、ユディは香水の匂いに気づいた。
たまにミゼルカから香ってくるものと同じだ。
どうやらミゼルカの彼氏はこのランスという先輩らしい。
「呼べないってウソしょ。失敗してるんでしょ。
なにせ竜を召喚するまで一度も召喚成功しなかった落ちこぼれちゃんだもんね。
俺が手伝ってあげるよ。杖出しな」
ユディは嫌がったが、他の男子生徒がユディのカバンから杖を出し、ユディに握らせた。
「ほら、君も一応唱えて唱えて。
我が呼びかけに応えよ、ユディ=ハートマンと契約せし黒竜よ」
ランスはユディの手をつかんで、無理に杖を振らせる。
来ない、来るわけがない、というか来ないで欲しい。
ユディは心の底から願ったが、人の夢同様に