カラハ先生は提案に驚く。
「どうしました、ミス=ハートマン。やけに積極的ですね」
「いえ、べつに、全然戦いたいとは」
ユディは首を左右に振るが、ミゼルカの声の方が大きかった。
「ハートマンさん、下位幻獣が中位幻獣より優秀だって言い張るんです」
「場合によっては、そういうこともありますね」
「あたし、それが信じられないので。ぜひ証明してもらいたいんです。
先生、あたしとハートマンさんにコートを一つ使う権利を下さい」
カラハ先生はふむ、とアゴに手を当てた。
ユディは手を握り合わせて、やめて、と願う。
気弱な様子に、ミゼルカが早くも勝ち誇った。
「あんなしょっぼいネズミが中位幻獣に勝てるわけないもんね」
「……しょぼくないよ」
ぼそっと、しかし力を込めて、ユディが反論した。
「は?」
「使いようだもの。この子は本当に役立つよ」
ユディは火鼠を大事そうに両手で包み持った。
いつも気弱なユディらしからぬ、毅然とした態度だった。
真正面から睨み返されて、ミゼルカがまなじりを吊り上げる。
カラハ先生はあごから手を放した。
「分かりました。二人の戦いを許可しましょう。
ミス=ハートマン、正直、あなたの実習は遅れていますからね。
一度、あなたの実力がどんなものをかを見せてください」
ユディははっと我に返った。
幻獣大好きの気持ちがあふれてつい自分の召喚獣を擁護してしまったが、別に戦いたかったわけではない。
しかし時すでに遅し。
ミゼルカは怒りが沸点に達しており、カラハ先生はコートを開けて待っている。
「がんばれユディ!」
(私のバカ……)
ウルティの励ましを受けながら、ユディは泣く泣くコートに入った。
ミゼルカとサラマンダーと対峙する。深呼吸して気を落ち着けた。
「先生、召喚士自身の魔法の使用は?」
「幻獣相手になら許可します」
ユディは杖を取った。ミゼルカの方は腕組みをしたままだ。
「あんた、魔法もあんまり上手じゃないもんね。ハンデで使わないでおいてあげるわ」
魔獣退治はいったん中止され、クラス中がこの戦いに注目していた。
ミゼルカは親切に言ったが、ユディは変えなかった。
カラハ先生の「始め!」の合図で、まずは火鼠に指示を与える。
「敵はアレ。で、口だよ、分かる? 口」
「ぢゅっ!」
「じゃ、行って」
ユディは火鼠をサラマンダーに向かって送り出し、即座に杖を振った。
「火の矢よ!」
サラマンダーに火の矢が放たれる。
ミゼルカが笑った。
「バカじゃないの? 火の精霊に効くわけないじゃない」
火鼠を踏みつぶそうとしていたサラマンダーは、火の矢に気を取られた。
口を開けて火の矢を捕食する。
同時に火鼠がサラマンダーの口に飛び込んだ。
突然のどに異物が詰まって、サラマンダーは泡を喰った。
異物を追い出そうと炎を吐き散らかす。ミゼルカが動揺してステップを踏んだ。
「ちょ、ちょっと、落ち着いて! いや、いいわ、焼き殺しちゃいなさい!」
「ムリだよ。火鼠の毛は決して燃えないもの。
堅い毛皮は高い防御力と絶対の耐火性もつ」
慌てふためくミゼルカに、ユディは落ち着いた声で説明する。
徐々にサラマンダーの炎が弱まってくる。
カラハ先生に視線をやると、うなずかれた。勝敗は決したと見て良いだろう。
ユディはポケットからクッキーを取り出す。
「もういいよ。出てきて。お疲れ様」
「……勝手に終わりにしてるんじゃないわよ」
火鼠がサラマンダーの口から飛び出すと、ミゼルカが杖を振った。
宙に召喚の魔法陣が現れる。
「相手はサラマンダーだけじゃ!?」
「そんなこと一言もいってない!」
クチバシと爪、翼が青銅でできた鳥、中位幻獣ステュムパリデスが現れる。
一羽一羽なら下位幻獣レベルだが、厄介なのは召喚すると集団で現れることだ。
「あなたたち、あのクソ生意気なネズミを狩ってやりなさい!」
普通に逃げてはたちまち囲まれてしまう。
ユディは魔法で強風を起して一旦ステュムパリデスを散らし、ミゼルカに向かって火鼠を放った。
「チュー太、その子から離れないで!」
ミゼルカの胸に着地した火鼠改めチュー太は、その服の中にもぐりこんだ。
「きゃあっ、何するのよこのネズミ! やだ、ちょっと、なんとかしなさいよ!」
ミゼルカは服の中をすばしこく逃げ回るネズミに身悶えする。
サラマンダーにもステュムパリデスにもどうしようもない。
敵が自分の召喚士にくっついていては攻撃できない。
「出てけっ、出て行きなさいよ!」
ミゼルカはワンピースの裾をまくり上げた。
チュー太は地面に落ちたが、すぐにまた足を這いのぼり、背中に入りこむ。
「離れなさいったら!」
「ミス=ハートマン、火鼠を引かせて。あなたの勝ちです」
「待ってよ、先生。あたしの幻獣はまだどっちも死んでないわ!」
「ミス=ダイア、自分の格好をごらんなさい。終わらせた方が身のためですよ」
カラハ先生は手で目を覆った。
チュー太に翻弄されたミゼルカは、あられもない格好になっていた。
胸元ははだけ、めくれたスカートからは下着が見えてしまっている。
男子生徒たちが「ナイス、チュー太!」と野次を飛ばす。
「チュー太、女の子の服の中には入っちゃダメだよ……」
「ち゛ゅ?」
コートを出ると、ウルティが駆け寄ってきた。
「すっごーい、勝っちゃったね! 中位幻獣二匹に」
「運が良かっただけだよ。チュー太は水がダメだから。水が何よりダメ。危なかったあ」
「何にしても二匹目出すのはズルだよ。あれだけ啖呵切っといてさあ。先生も顔しかめてたよ」
ウルティはチュー太の鼻先をつついた。
「下位幻獣でも本当に使いようだね。チュー太、見直しちゃった」
「ぢゅっ!」
「ユディ、このまま幻界に返すの? せっかくだし契約しちゃいなよ。
途中からチュー太なんてあだ名付けちゃうくらい愛着湧いてるんでしょ?
あたしもまた会いたい」
「一回切りのつもりだったんだけど……しちゃおうかなあ。していい?」
契約の際、幻獣に許可を取るかどうかは召喚士による。
召喚された時点で契約に同意しているとみなす召喚士もいるし、力づくでなければ契約を結べない幻獣もいるからだ。
チュー太はユディの言葉は理解できなくとも、好意を示してすり寄ってきた。
契約を嫌がることはなさそうだ。
素直で従順な態度に、ユディは感動した。
これこそ自分が目指していた召喚士ライフ。
幻獣と共に戦い、絆を深め、信頼を築くバラ色の日々が頭の中に展開された。
「じゃあ、させてもらうね。我が呼び声に応えし盟友――」
詠唱の途中で、チュー太はユディの前から消えた。
しっぽをつかまれ、ひょいと宙づりにされる。
オセロだ。
「俺のおやつか。気が利くな」
「チュー太ああああああああっ!」
ユディは帰還の呪文を唱え、間一髪で盟友を幻界に返すことに成功した。
「なんか肉喰いたい。ミノタウロスでも出せ」
「呼ばないよ!」
オセロの視線が実技場を巡る。
生徒たちは自分の幻獣をふところや背後に隠した。
生贄になったのは、隠し切れないミゼルカのサラマンダーとステュムパリデスである。
「トカゲ肉と鳥肉か。とりあえず数はあるな」
「いやああああああああああ――っ!」
本性に戻ったオセロが蹂躙をはじめる。
悲鳴が実技場にこだました。
ミゼルカだけでなく、生徒全員の。