裏山に魔力溜まりが出来ているという話は、召喚実習でも話題にされた。
「すでに他の先生の授業で説明を受けていると思いますが、裏山に人工的な魔力溜まりができていました。
それにより多数の魔獣が発生しています。
現在、教師と上級生で大型と中型の魔獣を掃討していますので、許可なく立ち入らないように」
カラハ先生は中央塔の地下実技場に集まった生徒たちを見回した。
先生の脇には何か木箱が積まれて、ガサゴソ、ギイギイ、不穏な物音や鳴き声がしている。
「せっかく身近に魔獣が現れましたので、今日はあなたたちにも魔獣を退治してもらおうと思います。
敵は裏山で捕獲した元が昆虫や小動物の小型魔獣。
二人一組で戦ってもらいます。
まずは皆さん、自分の契約獣を呼び出して」
ユディは呼応でなく召喚の呪文を唱えた。
契約獣はオセロだが、それを呼んだらどんな騒ぎが起こるか分からない。
ノートに描いた召喚の魔法陣に、大きめのネズミに似た幻獣が現れた。
「
様子を見にやってきたカラハ先生が微笑する。
ユディも成功に胸がいっぱいだった。
火鼠を手にのせ、確かな重みに感激する。
「竜を呼び出した時に、何か召喚のコツを覚えましたか?」
「特には。自分では何も変わっていない気がするんですけど」
ユディは火鼠を両手で捧げ持ち、目を合わせた。
呼吸のたびにひくひくと鼻先が動き、ひげがぴょこぴょこ動く。
白い体にくりくりした赤い目が愛らしい。
「ぢゅっ?」
「かわいいっ……! 今日はよろしくね」
ユディは火鼠に頬ずりした。
硬い毛が頬に刺さった。火鼠の毛は丈夫なのだ。
「ハートマンさん、召喚成功したんだ。おめでとう!」
今日コンビを組むことになった女子生徒、ウルティ=パルティが話しかけてくる。
以前、ゴーレム退治の時にも一緒になった生徒だ。
自分にも優しい公平な生徒だと知っているので、ユディは安堵した。
連れている契約獣、下級の風の精霊シルフを含めて挨拶する。
「ありがとう。今日はよろしく、パルティさん、シルフさん」
「こちらこそ。ウルティでいいよ。あたしもユディって呼びたいし」
手を差し出されたので、ユディも差し出した。握手する。
入学以来クラスメイトと疎遠だったので、ユディは胸がじんと温かくなった。
「魔獣退治かあ。小型とはいえ、はじめてだよね。ドキドキするね」
ウルティは観客席から実技場を見下ろした。
実技をするスペースは支柱とガラス板で四つのコートに仕切られ、結界が張られている。
四組が結界内に一組ずつ入ると、カラハ先生が木箱から魔獣を結界内に放った。
「うわっ、あれって元はカブトムシかな? あっちは幼虫?
ひーん、あたし、虫って苦手なんだよね。中型魔獣と戦う方がマシだよお。
ユディは大丈夫?」
「小型魔獣も飛ぶのだと厄介だなあって思う程度かなあ。ハチとチョウとかアブとか。面倒」
「ユディ、戦ったことあるの?」
「うちの実家は田舎で山林の警備してるから、その手伝いで」
「幻獣は? 子供じゃ召喚できないでしょ?」
「もちろん家族のだれかが契約しているのを使って、だよ。
幻獣につけられた枷を預かって、幻獣の働きを監督するの」
「召喚士でもないのに幻獣を扱ってよかったっけ?」
「本当はダメだけど、人手が足りないのは役所も知ってるから。
お疲れ様ってお菓子とかジュースとかくれる」
話を聞いて、ウルティは感心したようにうなずいた。
「うちはずっと都住まいで、偉い人のお屋敷や施設に警備用の幻獣を派遣するばっかりの仕事だからユディの話は新鮮だよ。
っていうか、ユディがコンビで良かった~。
経験者ならすっごく頼りになりそう!」
「全然だよ。ほんと手伝ってただけで。あんまり期待しないで」
やがて二人の番が巡ってきた。
「準備はいいですか? 行きますよ」
カラハ先生が杖を振ると、結界内に置かれた木箱が開いた。
中から黒い大きなクモが飛び出てくる。
ウルティが、いいいいい、と歯を食いしばる。
「やだ、ぴょんぴょん跳ねてる! ポールに止まった! いやっ、糸吐いた!」
「ウルティ、シルフに上から攻撃してもらっていい?
クモの注意がそれてる間に、こっちは下から火鼠で攻撃するから」
「なになになに? あたしどうすればいい!?」
「えーと……幻獣借りるね」
相棒がパニックになってしまっているので、ユディはそっとしておくことにした。
右手にシルフを、左手に火鼠をのせて、二匹に言い聞かせる。
「いい? 二人とも。敵はあれだよ。じゃあ、まずシルフさんから!」
初級召喚士の心得その一。
下位幻獣は簡単なことしかわからないので、指示を出すときはとにかく簡単に簡潔に。
「次に火鼠さん!」
挟撃は成功した。
シルフに気を取られたクモにネズミが飛びつき、噛み殺す。
退治が終わると、ユディは二匹を力いっぱい褒めた。
「お疲れさま! すごいね、二人とも。偉いよ。かっこいいよ。助かったよ」
初級召喚士の心得その二。
一仕事したら幻獣をねぎらうべし。
ユディは二匹を平等に褒め、平等に撫で、平等におやつ――火鼠にはお菓子、風の精霊には魔法で風――を与えた。
「次の時もよろしくね」
火鼠は「ぢゅっ!」と元気に鳴き、シルフはくるくる楽しげに回った。
「ごめん、ウルティ。勝手におやつあげちゃって。
でもあげるときは平等にあげないと、幻獣同士で喧嘩しちゃうから」
「ううん、いいよいいよ。こっちこそパニクってごめんね。
ユディが冷静で助かったよ。
こんな言い方失礼だけど、ユディ、実はめちゃ優秀じゃない? 完璧じゃん」
「そんなことないよ、普通だよ」
「……そんなことあると思うけどなー」
ウルティは他の結界に目をやった。
魔獣に腰が引けていたり、逃げ回る魔獣に翻弄されたりしている。
「でもほら、斜向かいの所は私たちより早く終わらせているし」
「当然でしょ。一瞬よ」
ユディたちが結界を出ると、火の精霊サラマンダーを連れたミゼルカがいた。
ウルティが顔をしかめる。
「ダイアさん、何それ。その大きさだと中級の火の精霊でしょ。
中位幻獣じゃない。中位幻獣なんてまだ授業で召喚してないのに」
「授業でやってなくたって、やっていいのよ。知らないの?
あたしたちは初級召喚士なんだから、中位幻獣までは召喚していいし、契約してもいい。むしろ自分でどんどんやるべきなのよ。
だれかさんみたいに上位幻獣を召喚なんてのは違反だけど」
ユディに対するあからさまな当てこすりだった。
ウルティがむっと口をへの字に曲げるが、まあまあ、とユディは観客席へと促した。
「相変わらずむかつくなあ。あたしも中位幻獣の召喚、挑戦しようかなあ」
「幻獣は使いようだから。
必ずしも中位幻獣が下位幻獣より優れているとは限らないよ」
ユディはウルティをなだめようといっただけだったのだが、ミゼルカにはケンカを売ったように聞えたらしい。剣呑な声が飛んでくる。
「まだたったの二回しか召喚に成功したことがないくせして、知った風な口叩くじゃない。
下位幻獣が中位幻獣より優秀ですって?
ウソつき。そういうなら証拠を見せてよ。あたしと戦いましょ?」
「それは時と場合によってって意味で」
「カラハ先生ー、ハートマンさんが今までろくに実習に参加できてなかったから、あたしと戦いたいそうでーす」
ユディの反論はミゼルカの声にかき消された。