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20.VS.取り巻きズ(下)

「皆も知っている通り、魔獣というのは魔力の溜まり場に発生する」


 魔道具の授業はヤース先生の担当だ。

 背が低くずんぐりむっくりしているので『コビト先生』の愛称で親しまれている先生だ。


「濃すぎる魔力は瘴気しょうきとなり、瘴気は動植物を変質させる。

 時には無機物に命に似た物すら与え、危険な魔獣へと変化させる。


 本来、魔力の溜まり場というのは自然に発生するもんだ。

 魔力は空気と同じようにワシらの周りにいつもあるもんだが、どこでも同じ濃さじゃあねえ。

 空気が低地ではよどむように、潮の満ち引きが月に左右されるように。

 魔力の濃度は地形や月齢なんかで変化して、自然に溜まり場を作る。


 だが、この魔力溜まりは人為的に発生させることもできる。

 方法が分かるやつはいるか?」


 生徒たちの中にオセロの姿を見つけ、ヤース先生の顔が強張った。

 見ないフリを貫き通して、杖代わりにしているレンチで挙手している一人を指す。


「魔力を溜めた魔石をたくさん集め、放置しておくことです」


「正解。そしてこっからが今日の本題だ。

 裏山にこの人工的な魔力溜まりができていたことが分かった」


 クラスがざわめいた。


「裏山を調べたところ、魔道具が大量に発見された。

 昔この山に反乱軍が立てこもった時、横穴を掘って隠しておいていたものらしい。

 魔力溜まりにならないよう対策はされていたが、経年劣化でおじゃんだ」


 ヤース先生の横には腐りかけた木箱がいくつもあった。

 魔石のついた剣やナイフ、槍、軽量鎧や盾、弓矢などが入っている。


「素材もかけられている魔法も時代遅れだから処分だが、ただ捨てるんじゃあもったいねえ。一部は授業に使うことにした。


 今日は魔道具の解体と、魔石の魔力抜きの実習を行う。

 一人五個。魔力を抜いて魔石を外し、素体と共にワシに提出。

 革手袋と工具はここに用意してある。さあ始めな!」


 生徒たちがわらわらと木箱や工具箱に群がる。


「ていのいい作業要員だよな。業者に頼むと金かかるから」


 どこからかそんなぼやきが聞こえてくる。ユディは手袋をはめながら苦笑した。

 取りに行ったのが最後の方だったので、木箱にほとんど武器がない。

 それどころか足りなかった。


「足りないねー」

「足りない人はあっちから取ってくるんだって」


 隣のクラスメイトが少し離れた木立の奥を指す。


 そちらにも木箱が積まれていて、周囲には縄がめぐらされていた。

 ユディは立て板に書かれた『危険!』の二文字に足が止まったが、中にオセロが入りこんでいるのを発見して縄を超えた。

 そばにいないと思ったら、いつの間にかこっちに来ていたらしい。


「オセロ、またさっきみたいに勝手に使わないでね」


 魔道具たちをしげしげ眺めているオセロに釘を刺し、ユディは箱を漁った。

 通信機器や望遠鏡と思しきものもあれば、砲弾や爆弾と思しきものもある。

 物騒さに手を引きかけたが、一つだけ見慣れた魔道具を見つけた。


(実家でも使ってたやつだ)


 ユディが手に取ったのは円盤型の魔道具だ。

 直径は肩幅ほど。真ん中に赤い魔石がでかでかとはめ込まれている。

 オセロが寄ってきた。


「おまえはこっちで何してんだ?」

「解体する魔道具が足りないからこっちに取りに来たの」


「それは?」

「罠猟に使う魔道具だよ。

 魔獣の通りそうなところにおいておくと、魔獣が踏んだ時に作動して爆発するの」


 ユディは魔石に魔力を留めている魔法を解除した。

 石の色がやや褪せたら魔力抜きは完了だ。

 石を外しにかかる。


「魔力さえ抜いてしまえば発動しないから――」

「おい、それ捨てろ! 爆発すっぞ!」

「え!?」


 ユディがヤース先生の叫びに固まると、代わりにオセロが魔道具を木立に向かって勢いよく投げた。


 爆音と爆風が起こった。砂と土と小枝が飛び散る。


「……魔力さえ抜いてしまえば、安全だって聞いてたんですけど」


 ユディは呆然とつぶやいた。

 地面に伏せていたヤース先生がゆっくりと身を起こす。


「現在、魔獣退治用に使われているものならな。

 あれは昔、対人用に使われていたものだから意地が悪ィんだよ。

 敵に罠を発見されることも想定して、魔力抜きしても発動する仕様になってる。

 実は裏面にもう一つ魔石が仕込まれてるから、それから処理しないといけねえ」


 棒立ちしているユディに、ヤース先生は苦笑いした。


「一応聞くけどよ、ケガは?」

「まったく」

「だろうな」


 オセロの腕の中で、ユディは首を左右に振った。

 木箱は土をかぶったり小石が飛んだりしていたが、二人だけは何事もない。

 オセロはきっちり防護結界も展開していた。


「ありがとう」

「次これやろうぜ」


 別の魔道具に手を出そうとするオセロを、ユディは全力で止めた。

 ヤース先生はもじゃもじゃの頭をかく。


「にしても、なんでこっちにあるのを解体してんだ? 危ないって書いてあるだろ」

「足りない分はこっちからって聞いたので」

「そんなこといってねえぞ?

 解体用の魔道具はちゃんと数個余裕を持たせて人数分用意してたし」


 そういえば、とユディは縄の中を見回した。

 自分と同じように解体用の魔道具が足りないといっていた女子生徒の姿がない。


 周りを見回すと、ミゼルカの友人たちが木陰から現れた。

 ユディは事情を理解した。

 天使様の事件が気に食わなかったので共犯を作り、ユディのそばで嘘の証言をさせたらしい。


「おまえらも足りない分を取りに来てたのか! ケガは!?」

「う、腕と足が」


 ユディたちより、ミゼルカの友人たちの方が爆心地に近い。

 頭から土ぼこりをかぶり、腕や足から血を流していた。


「骨折はしてねえみたいだな。木陰にいたおかげか。

 その程度なら、自分で保健室まで歩いて行けるな。

 課題は数が足りないなら、もういいから。

 だれか間違えて五個以上持って行ったんだろ。

 やった分だけ提出しな」


「はい……」


 ユディが立入禁止の所に入って怒られればいい、という程度の気持だったのだろう。

 ところがそれが爆発騒ぎになり、しかも爆弾は自分たちの近くに落ちてきた。

 彼女たちの蒼白な顔色に、ユディは騙されたことも忘れて同情した。


「よかったな。俺の手元が誤らなくて」


 ユディは勢いよく背後を振り返った。

 オセロが口角を吊り上げて、ニヤニヤ楽しそうに笑っている。

 魔道具は適当でなく狙って投げていたらしい。


「今度はもうちょっとうまく隠れろよ?

 ヘタクソだったらペナルティで当てるからな?」


 ミゼルカの友人たちはへたり込んで「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」とうわごとのように繰り返す。


(て……敵に回したくない……)


 助けられた側なのだが、ユディは心の中でべそをかいた。

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