オセロとの契約から数日後。
今日のオセロは学園見学を決め込んでいるらしく、朝からユディの後をついてくる。
おかげでユディは視線が痛い。
竜が召喚されたという話は学内の隅々にまで伝わっており、教室移動のたびに注目を浴びる。
分相応なものを連れている負い目から、ユディは身を縮めた。
「ひよっこ。なんかうるさいが、なんの音だ?」
「工作室の音じゃないかな。道具士の人たちが魔道具を作っているんだと思う」
ちょうど工作室から製作物を持って、生徒が二人出てきた。
オセロは二人の持っている手甲型の魔道具を問答無用で取り上げる。
「何に使うんだ?」
「だめだよ、勝手に」
ユディはあわてたが、道具士二人は親切だった。
どうぞどうぞとオセロを歓迎する。
「詠唱なしで風の圧縮弾を放てるようにする魔道具です」
「これから隣の実技室で試技するところなんですよ」
女子生徒二人はとても愛想が良かった。
説明しながら、視線をチラチラとオセロに向ける。
ユディは二人が親切なわけを了解した。
今まで他の衝撃が強すぎて意識していなかったが、ヒト型のオセロは大変見目が良い。
鋭く光る金の目が野性的な美形だ。
立ち居振る舞いは堂々として、同年代にはない存在感を放っている。
実技室からやってきた別の女子生徒がオセロを二度見し、浮わついた声でユディに尋ねてきた。
「あれってあなたの幻獣? すっごくかっこいいね! 元は何?」
「りゅ、竜です」
「すごい。一年生で竜なんて。もうプロじゃない」
褒め言葉には少しも悪意がなかった。
道具士なので、一年生で竜を召喚するのはおかしいと気づかないらしい。
ユディは純粋な称賛をありがたく思ったが、同時に恐縮した。
「召喚しただけで、ちゃんと扱えてはないので。全然ですよ」
「謙遜しちゃって。召喚士の子から聞いたことあるけど、幻獣がヒト型取ってくれるのって、仲良しの証拠でしょ? すごく仲いいんだね」
「必ずしもそうではないです」
「まさかひょっとして、彼氏?」
ユディは目が虚無になった。
恐ろしすぎる発想だ。
「竜と結ばれた召喚士の人の話を読んだことあるけどさー。
竜って他には態度でかくて乱暴だけど、好きな人には激甘でめちゃ一途で尽くすタイプなんだってね。
読んでてギャップにキュンキュンしちゃった。超うらやましい。
えへへー、がんばってねー! お幸せに」
ユディは何一つ誤解を正せないまま、女子生徒を見送った。
女子生徒の推測と実態がかけ離れ過ぎていて、どこから誤解を解けばいいか分からなかった。
(契約っていっても、奴隷契約を結んだようなものだしなあ)
ユディの口からは幸せとは程遠いため息が出た。
そろそろ次の授業の教室に行きたいのだが、オセロは魔道具に夢中だ。工作室にまで入り込んでいる。
(あ――天使様だ)
ユディはきょろきょろと廊下を見回している守護幻獣を見つけた。
声をかけることは遠慮したのだが、向こうがユディに気づくなり寄ってきた。
「こんにちは、ユディ」
「こんにちは。今日もお探しなんですか?」
「うん、その通り。こっちにルジェがいるって聞いてきたんだけど、見当たらなくて」
今日も相変わらず天使様は麗しかった。困って浮かべる微苦笑すら美しい。
オセロに見惚れる女子生徒をとやかくいえないな、と思う。
「学園の結界にヒビが入ったってきいたから。
完璧に直るまではルジェのそばにいようと思っているんだけど、やっぱり嫌がられてね」
「あはは……心配ですよね、あんな丈夫な結界が壊れかけたなんて」
壊れた一因を担っているユディは、乾いた笑いをもらした。
「そういえば、ルジェから学園に竜を召喚した子がいるって聞いたんだけど。
ひょっとしてユディ?」
「どうして分かったんですか?」
「なんとなく。よかったね。召喚成功おめでとう。
これで幻界も平和になるよ。ありがとう」
「はい?」
どうしてお礼をいわれているのか分からないが、とりあえず天使様はまぶしかった。
ユディが目を奪われていると、そばを風がかすめた。
ただの風でない。魔法で作られた風の刃だ。
天使様の横髪が切れ、美しい金髪が床の上に散る。
「手元を誤った」
全然悪く思ってない態度でオセロがいう。
左腕には例の手甲型の魔道具を装着されていた。
「人に向けて撃っちゃダメだよ!」
「威力がしょぼいな」
風刃は壁も破壊しているのだが、オセロは物足りなさそうだ。
契約獣に反省の色がまったくないので、ユディは代わりに謝罪した。
「すいません、天使様」
「いいよ、ユディ。僕が悪かったし」
「いえ何も悪くないですよ。本当にすみません」
ユディが必死に詫びていると、近くの教室から銀髪の少年が出てきた。
天使の守護対象のルジェだ。
自分の守護幻獣のいつもと違う髪型に驚く。
「ナイト、どうしたその髪」
「うん、ちょっとね。イメチェン?」
「ごまかし方が雑すぎるだろ」
ルジェは魔道具をつけたオセロで原因を知り、おろおろしているユディで元凶を知った。
「おまえがウワサの竜を召喚した生徒か。
――制御できもしないのに、まあ」
睨んでくる青い瞳が寒々しい。
学園一の魔導士を前に、ユディは縮こまった。
「ルジェ。髪が切れたのは僕の不注意だよ。
竜がいたのに気付かなかったんだ。彼女を睨まないで」
「いえ、私の責任です。本当に本当にごめんなさい」
天使は治癒魔法が得意なので髪はすぐ元通りになったが、ユディはしょんぼりうなだれた。
悪いことは重なるもので、事件は天使様ファンクラブの皆様――ミゼルカの友人たちに目撃されていた。
ファンクラブの人々に近づかれると、ユディは身構えた。
「ハートマンさん、今日の魔道具の授業は外なんだって。裏門に集合」
「そう、なんだ」
「先生に皆に知らせるよう頼まれたから、教室の黒板に書いといてくれる?」
ユディは教室の変更をわざわざ教えてくれることを警戒したが、さすがにクラス全員巻き込んで嘘はつかないだろう。
頼まれた通り黒板にメモを残す。
オセロの所に戻ると、なにやら工作室がざわめいていた。
「回路が焼き切れてる!?」
「たった一回で!?」
「どんな魔力量!?」
道具士たちが先ほどオセロが使った魔道具を囲んで盛り上がっていた。
「竜ってこんな魔力量あるの!?」
「さ、さあ? 私もよく分からないです。
すいません、もう授業なので。失礼します!」
正体を深堀りされると困るので、ユディはオセロの手を引いて裏門へ急いだ。