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17.VS.いじめっ子(上)

 中央塔の食堂は今朝もにぎやかだった。


 生徒たちの話題はもっぱら、早朝何があったか、ということだ。

 結界が反応したことや、朝早くから教師たちが騒いでいたことについて、さまざまな憶測が飛び交っていた。


 ユディは何も知らない顔で、独り黙って配膳の列にならぶ。


「やっぱり髪型気に入らなーい」


 高めの声はミゼルカのものだ。

 ゆるく巻いた金髪をしきりにいじりながら食堂にやってきて、ユディに気づく。

 即座に命じた。


「ね、あんた。あたしたちの分も料理と席、取っといてよ」

「え?」

「四人分ね。――でなきゃ、あんたの部屋にイタズラするわよ」


 ユディはぎくりとした。

 イタズラも嫌だが、変わり果てた部屋を見られるのは何より困る。


「みんな、髪を巻き直すの手伝ってよ。代わりに髪、かわいく編んであげるから」


 友人たちを引き連れて、ミゼルカは去っていった。

 ユディは泣く泣く両手にトレイを持って、二度も列に並ぶ。


(朝から災難つづきだなあ)


 三度目、最後は自分のトレイを持って席に戻り、ユディは愕然とした。

 ミゼルカたちの分の朝食がきれいさっぱり消えている。

 空になった食器とトレイだけが席に残されていた。


「ご苦労。五人前用意するとは。さすが分かってるな、俺のしもべは」


 犯人はオセロだった。

 姿を消した後は食堂に来ていたらしい。

 ユディの手から五つ目の朝食を取って、さっそく食べ出す。


「それ、あなたの分じゃないんだけど……」

「は? おまえが俺以外だれのために用意するんだ?」


 ユディの控えめな主張はオセロに一蹴された。

 他を世話する暇があるなら俺に尽くせという態度だった。


「あーっ、ちょっと、あたしたちの朝食!」


 戻ってきたミゼルカが、空のトレイを見て叫ぶ。

 オセロが犯人であることを知ると、ユディをきつくにらんだ。


「なんであんたの召喚獣にやってるのよ!」

「あげたわけじゃなくて、勝手に」

「うるさいアリンコ。黙れミジンコ。人の召使を勝手に使うな。またやったら百日間人間イスの刑に処すからな」


 怒るミゼルカに、オセロが猛然と反撃する。


 ユディは味方がいることを心強く思ったが、オセロの論点が自分の使用権についてなので、嬉しくはない。

 一ミリのためらいもなく主人の人権を侵害してくる契約獣に遠い目をした。


「あんたね、呼んだ幻獣はちゃんと制御しなさいよ!」

「う――」


 オセロを制御するなんて無理。

 と、言えるものなら言いたい。

 だが、自分が召喚した幻獣がオセロだということは、秘密にしなければいけないことだ。


「まぐれで竜を召喚できても、結局それだけよね。

 ちゃんと扱えないんじゃ召喚士失格よ。

 早く魔導士に転向したら?

 あんた、根本的に才能がないのよ」


 ちゃんと扱えていない、の言葉はユディの胸に刺さった。

 どんな難物でもうまく付き合えることが召喚士の理想形だ。

 ユディは口をつぐんだが、暴竜の方は黙っていなかった。


「おい、そこのダニ。いつまでもぎゃあぎゃあうるさいな。

 そんなに朝食を恵んで欲しいのか? さもしいな」


「だれがさもしいよ!」

「喜べ。俺の気が向いた。恵んでやる」


 オセロの金の目が笑う。意地悪く。

 どこからともなく朝食の載ったトレイが飛んできて、ミゼルカたちの手に納まった。


「オセロ、それ、どこから?」


 ユディは嫌な予感を覚えて小声で尋ねたが、すぐに分かった。

 トレイを追って女子生徒たちがやってきたからだ。


 襟元のリボンは青い。三年生だ。

 ミゼルカたちの手にトレイがあるのを見て、眉を逆立てる。


「あんたたち、なに人の朝食を横取りしてるのよ。ちゃんと並びなさいよ」

「ちがうわ! こいつが勝手に」

「ウソつき。下級生の評判通りね。嫌なことや自分に都合の悪いことは人に押し付けるって」


 上級生たちは聞く耳を持たず朝食を取り返したが、それでも腹の虫が収まらないらしい。

 この機にと、溜まりに溜まっていた怒りを吐き出す。


「前から一言言おうと思ってたんだけど。

 あなた、寮長も寮監もなにもいわないからって、好き放題にやりすぎじゃない?

 寮の部屋割りは勝手に変えるし、それで空いた部屋は勝手に自分の部屋として使うし。


 門限破って彼氏と夜間外出してるのも、ちゃんと知ってるんだからね?

 朝は洗面所を長々と独占するし、使い方は汚いし。

 談話室では自分達しかいないみたいに大声で話して。うるさいったら。おばさんみたい」


 ミゼルカの頬に朱が差した。


「ダイア家のお嬢様だか何だか知らないけど、ここはあなたの家じゃないのよ。

 ちゃんとルールを守って暮らしなさいよ。お家の程度が知れるわよ」


 上級生たちがトレイを持って去っていくと、ミゼルカは憤然ときびすを返した。

 朝食はもうどうでもよくなったらしい、配膳カウンターの方は見向きもしない。

 友人たちの腕を引いて出口の方へ向かう。

 無言だ。悪態の一つも吐かない。完封だ。


 ユディはぽかんとしてそれを見送り、オセロの方は手を叩いて大笑いした。


「人望ないな」


 わざわざ聞こえるように大声でいう。

 ユディは肩をつかんだが、オセロが反省する訳もない。


「溺れる犬には石を投げてやるのが俺の礼儀だが?」

「礼儀の定義まちがってない?」


 暴竜様は知らん顔で食後のコーヒーをすすり、空になったカップをユディに渡した。


「おかわり」


 正直、ミゼルカが完敗して去っていく姿にはちょっと胸がすいたのだが。

 ユディは使われる対象がミゼルカからオセロに変わっただけ、という現実を知った。

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