カラハ先生の表情が一変した。
やっとオセロの足元にある魔法陣の輝きが目に入る。
「ミス=ハートマン。もう一度聞きますが、本当に? あのオセロ?」
「そのオセロです」
「彼はだれとも契約しないはずでは?」
「私もそう聞いていました」
包囲網が一歩分ゆるんだが、退くには遅かった。
全員が中央塔周りの小塔や棟に張りつけられる。
オセロのしわざだ。手足をバタつかせて騒ぐ教師たちに言い聞かせる。
「小うるさいやつらだな。俺の気が済むまでそうしてろ」
飛翔の魔法が使えないユディは、廊下に飛び出した。
役に立たないことは分かっているが、オセロの召喚主である以上、何もしないではいられない。
全速力で階段を駆け上がる。
最上階で内階段は途切れ、屋上へは外階段かハシゴを使うようになっていた。
迷わず最短距離のハシゴを選ぶ。
高さに足がすくみそうなので、ひたすら上だけを見た。
「さーて、邪魔者もいなくなったし。思う存分、やるか」
「ダメ―――――ッ!」
屋上が見えると、ユディは大声で叫んだ。
胸壁を乗り越えようとして、思わず手を放す。
さっきのオセロの魔法のせいで、胸壁が熱された鉄板のように熱い。
予想しなかった痛みに足が滑った。
「きゃああああああ――っ!」
みるみる空が遠ざかる。
動けない教師たちからも悲鳴が上がった。
近づいてくる地面に恐怖した瞬間、腕をつかまれた。
「スカイダイビングもいいよな」
のんきにいうのはオセロだ。
ユディを捕まえると背に羽を生やし、落下の速度を和らげる。
「もう一回やるか?」
「……結構です」
五体満足で校庭に降り立ったユディは、青い顔で断固拒否した。
オセロははるか遠くになった結界を仰ぐ。
頭のうしろに手をやり、軽く息を吐いた。
「ま、今日のお遊びはこのくらいにしとくか」
オセロは指を一つ鳴らした。
教師たちの身が一斉に自由になった。
地面に降り立ったカラハ先生が、ユディへ駆け寄った。
「ケガはありませんか!?」
「大丈夫です」
オセロの姿はすでにその場にない。
カラハ先生に続いて駆け寄ってきた教師たちが、同情からユディの肩や背を叩く。
「死ぬなよ」
「あいつに逆らうんじゃないぞ」
「とにかく生き延びなさいね」
とても心のこもった、とても元気の出る励ましに、ユディは泣きたくなった。
平和なはずの学園生活がサバイバル生活に早変わりしている。
「カラハ先生、私、一生このままなんですか……?」
「まさか。私たちも諦めたわけではありませんよ。
召喚士協会に報告して対策を練ります。
暴竜と契約を解除する方法を探しますから、気を確かにね」
見捨てられたわけではないと知って、ユディの顔色が少し回復した。
カラハ先生は口の前に人差し指を立てる。
「あれが暴竜だということは秘密に。
あくまでただの竜だということにしてください。
生徒たちに知られると、学園中が大騒ぎになりますから」
空はすっかり明るくなり、寮生たちが起き出していた。
異変を察知し、寮の窓から外の様子をうかがっている。
「今朝のことは結界の誤作動か何か、適当な理由をつけて片づけます。
あなたもそのつもりで」
「分かりました」
「まさか暴竜オセロだったなんて。
……我が校はじまって以来の珍事、いえ、世間にとっても前代未聞の大事です」
カラハ先生だけでなく教師全員が頭を抱えた。