学舎を隅から隅まで、くたくたになるまで歩き回ってみたが徒労に終わった。
竜の姿は見つからない。
夕食が済むと、ユディはぐったりしながら寮へ帰った。
(ともかく、他に迷惑をかけるようなことがありませんように)
手すりにすがって階段を上り、廊下の端のドアを開ける。
実用性第一の狭くて簡素な空間があるはずだったが、予想は大幅に裏切られた。
目を疑う光景が広がっていた。
ロイヤルレッドをベースに調えられた豪奢な部屋がある。
天井からはクリスタルのシャンデリアがぶら下がり、床には分厚い
壁は深い赤に彩られ、随所に金の
カーテンは光の加減で模様が浮き上がるような凝った布地だ。
正面、入ってすぐに猫足のローテーブルとソファ。
黒髪の少年が緋色の座面にうつぶせていた。
あの竜だ。
パリパリとポテトチップスを頬張りながら本を読んでいる。
ユディに気づいて顔を上げた。
「遅かったな」
ユディは静かにドアを閉めた。
左右を確認する。
一応背後の窓もふり返って、ここが寮であることを再確認する。
隣室のネームプレートは記憶にある通りだし、目の前のドアにもちゃんと自分の名前がある。
もう一度ドアを開けることを
顔を合わせたくないので、思い切って眼前のドアを押す。
先ほどと同じだ。絢爛な部屋がある。
竜は、今度は仰向けになってた。
読んでいる本の表紙が見える。娯楽雑誌だ。とてもくつろいでいた。
「私の部屋は?」
「部屋? あのウサギ小屋以下ブタ箱未満の空間のことか?
俺の住まいにふさわしくないから改装した」
改装というより改造といった方が正しい。
どう見ても元の部屋より空間が拡張されている。
魔法で時空間をいじっているに違いない。
「私の持ち物は?」
「そのへんに固めた」
横長の部屋は飾り柱とアーチ壁でゆるく三つに区切られており、竜がぞんざいに指したのは入って右側の空間だ。
ここは赤でなく、ユディの髪色に似たピンク色がベースになっていた。
天板がざらつく机とガタガタ揺れるイスはなくなり、周囲との調和を乱さない上品な机とイスがおかれている。棚もあった。
調べてみれば、ユディの教科書や筆記具は棚や引き出しにきちんと納まっていた。
制服や私服はというと、隣り合った小部屋にあった。
小部屋には姿見やドレッサーもある。衣装部屋だ。
年頃のユディは心が弾んだ。実家でもなかった待遇だ。
(ベッドは――)
探すまでもない。寝る場所はこことは反対側、入って左側の空間にあった。
こちらも今までの貧相なベッドではなくなり、天蓋付きの大きなベッドだ。
マットレスはふかふかとしていて、座ると身体はほどよく沈む。
小さな隣室にはバスルームが完備されていた。
「すごい!」
ユディは声に出して感動した。
感動したが、そうじゃない、と気づいた。
「元に戻して!」
ソファに寝そべる竜にひざまずく。
「これ、魔法で時空間いじったんでしょ? 勝手にこんなことしたら怒られるから。戻して」
「俺に頼まなくても、自分で魔法を解けばいいだろ」
竜はニヤッと口角を上げる。
できたらとっくにやっている。
できないことを分かって言っているのだから意地が悪い。
「後、私の幻獣のフィギュアとかぬいぐるみとかポスターは?」
「目障りだから撤去した」
時空の彼方に、と言われてユディは絶望した。
返ってくる見込みはゼロだ。
憤然と抗議する。
「お願いだから幻界へ帰って」
「助けてくれたら何でもするといったよな?」
言った。確かに言った。言ってしまった。
うかつな一言を盛大に後悔する。