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10.暴竜様が帰ってくれない

 似たような年頃の黒髪の少年がいた。

 制服を着ていないのでこの学園の生徒でないことは一目でわかる。

 そもそも人間でもなかった。

 頭には角が二本生えていた。

 金の眼は鮮やかで金属的に光り、すべてを威圧するように鋭い。


「だ……誰?」

「竜だ。おまえが昨晩呼んだ。助けてやったのにもう忘れたのか?」


 たぶんそうだと思っていたので、ユディは素直に現実を受け入れた。

 やはり昨晩のことは夢でなく、自分は竜を召喚していたらしい。

 あらん限りの感謝を込めてお礼を述べる。


「昨日はありがとうございました。本当に助かりました。来てもらえなかったら死んでいました」

「おまえ一人、何してる」


「私だけ幻獣がいないから召喚の練習を」

「俺が来たから、もう必要ないな」


 竜は足で召喚の魔法陣を消し、ユディのクラスメイト達に目を向けた。

 三人一組になってそれぞれ与えられたゴーレムと格闘中だ。


「あいつらは何をやってるんだ?」

「模擬戦。先生の作ったゴーレムを幻獣で倒すの」

「アホくさいことをやるんだな」


 竜は人間から本来の姿に戻った。

 すべてのゴーレムたちを尾の一振りで粉砕する。

 突然の上位幻獣の出現にクラスが騒然となった。


「だれです、竜を召喚したのは!」


 恐る恐る手を上げたのがユディだったので、カラハ先生は意外さに驚いた。

 感心したように大きくうなずく。


「召喚に成功したのですね。初めてで竜とはすばらしい」

「いえ、これは昨日の夜で」

「昨日の夜?」


 竜に驚いたのは召喚士の生徒だけではない。

 他の生徒たちもで、校舎や塔から顔を出し、竜に興奮して騒ぎ立てる。

 カラハ先生は、疑問はさておき事態の収拾に乗り出した。


「召喚ができたことは喜ばしいですが、高位の幻獣はまだあなたの手には余ります。

 幻界へ帰しなさい。契約はまだですね?」


「まだです」


 ユディが杖を握りなおした時には、竜は人の姿に戻っていた。


「開け、幻界の扉。汝、あるべき場所へ戻れ」


 帰還の呪文を唱えれば竜の姿は消える――はずだったが、消えなかった。

 もう一度試すが、変わらず竜はそこにいる。しっかり地面に影を落として。


「な、なんで……?」

「私がしましょう」


 カラハ先生が杖を握ったが、すぐに取り落とした。

 バチッと体に電撃のようなものが走り、地面に倒れてしまう。


「先生!」

「ひよっこ、おまえに正しい帰還の呪文を教えてやる」


 ユディは竜に杖をつかまれた。


「どうぞお帰り下さいオセロ様、だ」

「どうぞお帰り下さいませ、強く気高いオセロ様」


 より丁寧に唱えると、竜は機嫌良く去って行った。

 幻界ではなく学内のどこかへだが。


「……んと、まあ。気の強い竜ですね」


 倒れていたカラハ先生がゆっくりと起き上がる。

 頭を振っているところから察するに、少し意識が飛んでいたようだ。

 大したことはなかったようで、もう一度ゴーレムを作り出すと授業を続行する。

 ユディは校庭の端で事情聴取を受けることになった。


「裏山に見知った幻獣が迷い込んできているような話を聞いたので、どうしても会いたくて。夜、勝手に裏山に入りました。

 そしたら魔獣と出くわしたので、とにかく強い幻獣と思って召喚を」


「で、竜が来たのですね。なるほど。昨晩の咆哮はその時のものでしたか」

「すみませんでした。本当に。反省しています」


 ユディはついでに、裏山に幻界の扉が開くことはあるのか聞いてみたが、答えは否だった。

 ミゼルカの話はすべて作り話だったらしい。

 シロとの再会はまだ先になりそうだ。


 胸につっかえていた魔獣の話ができ、疑問も解決してすっきりしたが、不安の種は尽きない。

 ユディは両手を握り合わせた。


「先生、どうしたらいいんでしょう?

 帰還の魔法が効かないなんて。どうやって帰したらいいんですか?」


「ミス=ハートマン、落ち着いて。よく思い出しなさい。

 召喚士との契約がない限り幻獣は――?」


「現界には長く留まれない。自然に幻界に帰る」


 召喚獣の基本を思い出し、ユディはほっと胸をなでおろした。


「帰るまでに竜が何かしないか心配ですが。

 学長に報告して、学園の結界を強めるよう頼んできます。

 竜が外へ出て騒ぎを起こすことだけは防げるでしょう」


「よろしくお願いします」


 ユディはきょろきょろあたりを見回した。


(どこいったんだろ?)


 授業後、一日中学内を歩き回ってみても、竜の姿は見当たらなかった。

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