似たような年頃の黒髪の少年がいた。
制服を着ていないのでこの学園の生徒でないことは一目でわかる。
そもそも人間でもなかった。
頭には角が二本生えていた。
金の眼は鮮やかで金属的に光り、すべてを威圧するように鋭い。
「だ……誰?」
「竜だ。おまえが昨晩呼んだ。助けてやったのにもう忘れたのか?」
たぶんそうだと思っていたので、ユディは素直に現実を受け入れた。
やはり昨晩のことは夢でなく、自分は竜を召喚していたらしい。
あらん限りの感謝を込めてお礼を述べる。
「昨日はありがとうございました。本当に助かりました。来てもらえなかったら死んでいました」
「おまえ一人、何してる」
「私だけ幻獣がいないから召喚の練習を」
「俺が来たから、もう必要ないな」
竜は足で召喚の魔法陣を消し、ユディのクラスメイト達に目を向けた。
三人一組になってそれぞれ与えられたゴーレムと格闘中だ。
「あいつらは何をやってるんだ?」
「模擬戦。先生の作ったゴーレムを幻獣で倒すの」
「アホくさいことをやるんだな」
竜は人間から本来の姿に戻った。
すべてのゴーレムたちを尾の一振りで粉砕する。
突然の上位幻獣の出現にクラスが騒然となった。
「だれです、竜を召喚したのは!」
恐る恐る手を上げたのがユディだったので、カラハ先生は意外さに驚いた。
感心したように大きくうなずく。
「召喚に成功したのですね。初めてで竜とはすばらしい」
「いえ、これは昨日の夜で」
「昨日の夜?」
竜に驚いたのは召喚士の生徒だけではない。
他の生徒たちもで、校舎や塔から顔を出し、竜に興奮して騒ぎ立てる。
カラハ先生は、疑問はさておき事態の収拾に乗り出した。
「召喚ができたことは喜ばしいですが、高位の幻獣はまだあなたの手には余ります。
幻界へ帰しなさい。契約はまだですね?」
「まだです」
ユディが杖を握りなおした時には、竜は人の姿に戻っていた。
「開け、幻界の扉。汝、あるべき場所へ戻れ」
帰還の呪文を唱えれば竜の姿は消える――はずだったが、消えなかった。
もう一度試すが、変わらず竜はそこにいる。しっかり地面に影を落として。
「な、なんで……?」
「私がしましょう」
カラハ先生が杖を握ったが、すぐに取り落とした。
バチッと体に電撃のようなものが走り、地面に倒れてしまう。
「先生!」
「ひよっこ、おまえに正しい帰還の呪文を教えてやる」
ユディは竜に杖をつかまれた。
「どうぞお帰り下さいオセロ様、だ」
「どうぞお帰り下さいませ、強く気高いオセロ様」
より丁寧に唱えると、竜は機嫌良く去って行った。
幻界ではなく学内のどこかへだが。
「……んと、まあ。気の強い竜ですね」
倒れていたカラハ先生がゆっくりと起き上がる。
頭を振っているところから察するに、少し意識が飛んでいたようだ。
大したことはなかったようで、もう一度ゴーレムを作り出すと授業を続行する。
ユディは校庭の端で事情聴取を受けることになった。
「裏山に見知った幻獣が迷い込んできているような話を聞いたので、どうしても会いたくて。夜、勝手に裏山に入りました。
そしたら魔獣と出くわしたので、とにかく強い幻獣と思って召喚を」
「で、竜が来たのですね。なるほど。昨晩の咆哮はその時のものでしたか」
「すみませんでした。本当に。反省しています」
ユディはついでに、裏山に幻界の扉が開くことはあるのか聞いてみたが、答えは否だった。
ミゼルカの話はすべて作り話だったらしい。
シロとの再会はまだ先になりそうだ。
胸につっかえていた魔獣の話ができ、疑問も解決してすっきりしたが、不安の種は尽きない。
ユディは両手を握り合わせた。
「先生、どうしたらいいんでしょう?
帰還の魔法が効かないなんて。どうやって帰したらいいんですか?」
「ミス=ハートマン、落ち着いて。よく思い出しなさい。
召喚士との契約がない限り幻獣は――?」
「現界には長く留まれない。自然に幻界に帰る」
召喚獣の基本を思い出し、ユディはほっと胸をなでおろした。
「帰るまでに竜が何かしないか心配ですが。
学長に報告して、学園の結界を強めるよう頼んできます。
竜が外へ出て騒ぎを起こすことだけは防げるでしょう」
「よろしくお願いします」
ユディはきょろきょろあたりを見回した。
(どこいったんだろ?)
授業後、一日中学内を歩き回ってみても、竜の姿は見当たらなかった。