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7.夜の山で

 夜、寮が消灯されると、ユディはミゼルカに指定された通り北塔に入った。

 一階部分の出入口は施錠されてしまうが、二階以上は棟伝いに入れるので苦労はない。


 この学舎は都の端の低山にあり、北塔の狭い窓の向こうには山林が広がっている。

 南西方面は開発されて運動場や薬草畑になっているが、北東方面はそのままで、学園の実習や部活動などに利用されていた。


 ユディ自身も入学時に新入生レクリエーションでハイキングしたなじみある山だ。


 しかし、安全そうでも山は山。夜になると不気味だ。

 山は黒一色に塗りつぶされ、皆死んでしまったように物音一つしない。

 闇と静寂が山を支配している。


「裏山はね、時々、自然に幻界の扉が開くらしいよ」


 ユディはびくっと背を震わせた。

 背後にミゼルカとその友人三人が立っていた。


「今も開いているみたいでね、あたしの彼氏が実習で裏山に行った時、見たっていってたの。

 誰のものでもない、はぐれものの幻獣を。

 あなた今からそれを捕まえて契約しなさいよ。

 このままじゃ召喚士を諦めないといけないんでしょ?」


 後期の授業は契約獣がいることが前提だ。

 それもあってユディは進路変更を勧められているのだ。


「だけど、ズルはよくないし……」

「ズルじゃないでしょ、べつに。

 現界に迷いこんできた幻獣と契約することは規律違反じゃないわ」


「契約獣ができても、召喚できないことは変わらないから意味ないし……」

「一匹契約に成功すれば、召喚できるようになるかもしれないわよ?」


 ユディはそうは思わないが、ミゼルカにとってその辺りの論理はどうでもいいことだ。

 もてあそぶのに格好の相手を窓際に追い詰めて、迫る。


「あたしたちも手伝ってあげるから。行きましょ」


 ミゼルカは窓からロープを垂らした。

 学園の門は、夜になれば鍵をかけて閉門されるので通れない。

 そもそも夜間は外出禁止だ。

 早くと急き立てられても、ユディはぐずぐずと嫌がった。


「そのはぐれものの幻獣って、どんな幻獣だったの?」


「さあ、よく見たわけじゃないけど、白っぽかったっていってたかな?

 素早くてすぐに茂みに隠れちゃったんだって。

 あ、尻尾がみえたとかいってたような。ヘビとか? トカゲとか? そんな感じ?」


 ミゼルカの証言はあやふやで頼りないものだったが、ユディの引け腰な態度が一変した。

 白くてトカゲのような幻獣という単語に、懐かしい幻獣の姿が思い浮かんだからだ。


 子供の頃に拾った迷子幻獣のシロ。


 召喚士になったら最初に呼ぶつもりでいたのだが、中位幻獣かもしれないので、一番は諦めたのだ。


 その後は失敗続きなので「訳の分からない幻獣はやめておきなさい」と教師からストップをかけられ、結局、呼べずじまいでいる。


 もし会えるのなら、ぜひ会いたい相手だ。


「ほら、早く」


 ミゼルカの友人三人はすでに下り、地上でユディの方を睨んでいる。

 ここで逃げたら明日どんな目に遭わされるか分からない。

 旧友との再会を期待したのもあって、ユディはロープをつかんだ。

 塔の壁を足掛かりに地面に下りる。


「ぼさっとしてないで、早く明かりつけてよ」


 ミゼルカに命じられて、ユディは魔法で光球を生み出した。


「じゃ、行きましょ。早く下って下って」


 ユディは集団の先頭に立たされ、山の中へと追い立てられた。

 光球があっても、五歩も離れればあるのは暗闇だ。

 今日は雲が多く、月の光が地上に届かないせいでよけいに暗い。


 イノシシや野犬といった野生生物に出くわすのも怖いが、何より怖いのは一人で置いて行かれることだ。

 山には整備された道があるが、ミゼルカは獣道と見まがう脇道を進ませてくるので、置き去りにされたら帰れる自信はない。

 たぶんミゼルカたちの目的はそれだろうと予想できるだけに、いつ置いて行かれるかとどんどん不安が増してくる。


「知ってる?

 五十年くらい前にね、この山に反乱軍が立てこもったことがあったんだって。

 結局、反乱は失敗して、反乱軍は追い詰められて洞窟で自決したんだけど。

 すぐに土砂崩れが起きて入り口が埋まってしまったから、死体はそのまま。

 掘り起こしてくれって、たまにその幽霊が出てきて訴えてくるらしいよお」


 ミゼルカがくすくす笑いながら、友人たちに怪談話を披露する。

 嘘か本当か知らないが、夜の山中で聞かされれば効果は抜群だ。

 ユディはささいな物音や変哲もない木の影にもおびえるハメになった。


「皆で固まってても仕方ないし。手分けして探さない?」


 木々のない小さな空き地に出た頃、ミゼルカが言い出した。

 すでに学園は木立に隠れて見えない。


「ハートマンさんはそっちね。

 土砂で行き止まりになってるから、そこまで行ったら引き返しておいでよ。

 ちなみにそこが、反乱軍が自決した洞窟のあったって言われてる場所だよ」


 ミゼルカは青い顔のユディを笑い、友人二人と別の道へ入っていった。

 残りの一人は空き地でユディを見張っている。

 嫌な予感しかしないが、ユディは指定された道に入った。


「――きゃああああっ!」


 三十歩ほど行ったところで、ユディは遠くに悲鳴を聞いた。


 来た道を引き返してみると、空き地に人はいない。

 少し登ったあたりでミゼルカたちの焦った声がしていた。


「魔獣! 嘘、なんでこんなところに!」

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