「よかった。ところで悪いのだけど、実技室? 実技場? 魔道士が訓練に使う場所ってどこにあるか分かる?」
「実技室も実技場ありますし、どっちも魔導士に使われるので迷いますけど――順にご案内しましょうか?」
「助かるよ。まだ校内を把握し切れていなくて。どこに何があるかも全然なんだ」
「簡単ですよ」
ユディはうきうきと天使を先導しながら、学内を簡単に説明した。
魔法学園の高等部は、初等部や中等部とは離れ、独立して一つの敷地にある。
学舎は大きな中央塔と、中央塔を六角形に囲む六つの小塔、小塔同士を繋ぐ六つの棟で構成されている。
名称は単純で方角だ。
小塔なら北塔、北東塔、南東塔。棟なら南西棟、西棟、北西棟、という具合だ。
食堂や集会場は中央塔にあり、棟と中央塔の間が校庭、教室と寮は棟にある。
東西南北で分けると、棟はおおよそ次のように使い分けられていた。
北側は実験室と工作室があって、回復士と道具士に。
西側は屋外運動場に近く、魔剣士と男子寮に。
南側は正門に近いので、在籍数の多い魔導士と学園事務局に。
残った東側は、召喚士と女子寮に。
ユディの説明を聞くと、天使はすぐに了解した。
「ルジェ、学内の案内図もくれないし、授業の予定もろくに教えてくれないんだよね。
中等部の頃から護衛を嫌がってはいたけれど、高等部になったら学園自体についてくるなっていって。
僕はルジェを守るのがお仕事なのに、仕事をさせてくれない」
守護幻獣はその名の通り、特定の対象を守るために呼ばれた幻獣だ。
契約者は守護対象でなく別の人間である。
この天使の守護対象であるルジェという生徒は、魔法使いの名家スペイド家の出だ。
魔力量が多いことで有名な家系で、単独で竜を討伐できるほど優秀な魔導士――ドラゴンスレイヤーを何人も輩出している。
世に多い魔導士を束ねる立場にあるので、権力もあり、同時に敵も多い。
そのためスペイド家は代々跡継ぎに守護幻獣をつけるのが慣習になっているのだ。
「必要な時は呼ぶっていうけれど、ルジェが必要をちゃんと判断できるか自体が僕は心配なのに」
「幻獣って過保護ですよね。守護幻獣でなくても」
天使のぼやきに、ユディは思わず苦笑した。
「私は幻獣が乳母代わりでしたけれど、本当にいつまで経っても子ども扱いで。
大事に思ってくれるのは嬉しいんですけど、ちょっとは信用して欲しいと思いました。
スペイドさんはすでに学内のみんなが認める立派な魔導士ですし。
言っていることを信じてあげてもいいんじゃないでしょうか?」
「そう? 僕としてはまだまだ青くて子供な部分が多いから、心配が尽きないんだけど。
君がそういうなら、僕も少しは信用しようかな」
守護対象が褒められたのが嬉しいらしく、天使はふわりと笑う。
風薫り、鳥歌い、蝶舞うような麗しの微笑。
方々から女子生徒の「天使様ーっ!」という黄色い悲鳴が上がった。
ユディもできることならこの微笑を魔法で永久保存しておきたいと思った。
「ここは中央塔の地下実技場で、魔導士の人が自習によく使うんですけど。
よかった、当たった。スペイドさん、いらっしゃいますね」
防護結界が貼られた大空間で、銀髪の少年――ルジェが魔法を行使していた。
いくつもの風の刃が木の柱を千々に切り裂く。
他の生徒が二つか三つにしか切れていないのを見れば、彼の実力の高さは明らかだ。
一度に一刃、しかも威力に難のあるユディから見れば神業である。
「ルジェ様ーっ!」とここでも黄色い悲鳴が上がった。
「ナイト。来るなと言っただろう」
天使に気づくと、銀髪の魔導士は冷めた表情の中に苛立ちをにじませた。
アイスブルーの眼がメガネ越しに天使を睨み、ユディのことも睨む。
案内してきやがって、という声なき声が聞こえた。
「ルジェ、人を睨むのはよくないよ。
ルジェはかわいいんだから笑った方がいいと思うよ」
「帰れ。学内は安全だし、おまえが一緒にいる方が目立つっていってるだろ」
のほほんという守護幻獣に、学園のエリートは冷たく反撃する。
かわいいというよりは格好いいでは、とユディは思うが、命知らずではないので二人の会話に割って入るようなことはしなかった。
それじゃあ、と天使に会釈してきびすを返す。
「親切に案内をありがとう、ユディ。助かったよ。
召喚がんばってね。
なんでも挑戦してみてね、本当に。
自分では無理だと思うようなものでも」
「ありがとうございます」
天使なんていいものを見られたなあ、とユディは幸せに浸ったが、長続きはしなかった。
実技場の観客席にミゼルカとその友人たちを見つけたのだ。
『天使様命』『ルジェ様命』『ファンクラブ会員募集中』の横断幕を掲げているのを見れば、なぜ敵視されているかは簡単に想像がついた。
ファンクラブ実在したんだ、と現実逃避する暇もない。
「ハートマンさん、ちょっと来て」
ミゼルカたちが手招きしてくる。
この召喚からは逃げられそうにない、とユディは悲愴に覚悟を決めた。