放課後、ユディは学生課に寄ってみた。
魔法学園の高等部では、生徒自身が進路に合わせて年間の授業計画を立てる。
中等部までは皆一様に一般教養と魔法の基礎を学ぶが、高等部は人それぞれ。
魔導士、回復士、召喚士、道具士など、なりたい職業に合わせて授業を選び、単位を修得するのだ。
ユディは召喚士を目指して授業計画を立てていたが、諦めるなら後期の受講計画は大幅に変更だ。
学生課にはその相談に来たのだった。
「魔導士に必要な単位はこれですね。
魔導士の必修単位は召喚士も必修になっている部分が多いので、半年でも進級に必要な単位は取れますよ。
そうだ、魔導士の初級資格はありますか?
中等部卒業の時に、大半の生徒が進路先の初級資格と一緒に取得しているので心配していませんでしたが」
「大丈夫です。ありがとうございました」
丁寧に教えてくれた職員にお礼をいって、ユディは学生課を後にした。
魔導士は自身で魔法を使って働く職業だ。
魔法使いに一番多い職業で、世間の需要も一番多い。
他への転職もしやすいのでカラハ先生のお勧めは妥当である。
(……今は無理でも、いつか何かのきっかけで、できるようになるかもしれないもんね)
ユディはしょんぼりしながら、召喚士向けの授業計画表の上に、先ほどもらった魔導士向けの授業計画表を重ねた。
(うう、でも、言われている通り、自分で魔法使うの得意じゃないんだよなあ。
召喚士になるからっておざなりにしてきたツケが回ってきてるよう)
嘆いていたら、人とぶつかった。
曲がり角の先に注意を払っていなかったせいで、やってきた相手とまともに衝突する。
「すいません!」
「こちらこそ。大丈夫?」
落とした計画表を拾ってくれた相手に、ユディは息を止めた。
淡い金の髪を背に流し、緑の眼にこの上ないほどの慈愛をたたえた青年。
教師ではない。幻獣だ。天使。
羽根と光輪は隠されているが、人間にはあり得ないほど整った中性的な容貌はそれだけで天使の証明だ。
でなくとも、この天使は学園の有名人なので、だれもが知っている。
一年生ながら『校内一の魔導士』と名を馳せている学生の守護幻獣なのだ。
入学式に現れて以来、守護対象の生徒と共に学園のアイドルである。
「ごめんね。ルジェを探していたものだから、注意力散漫になってしまっていて」
天使。クラス上位。白い羽の生えたヒト型幻獣。
戦闘力は低いが、対アンデッドには非常に有用。
治癒や防御、支援などの回復士系の魔法を得意とする。
治癒魔法の奥義ともいえる蘇生魔法も使えるが、召喚できるのは“魂が清らかな人”に限られるという――
意識するでもなくユディの脳内を天使の知識が駆け抜けた。
「……大丈夫?」
「あっ、は、はいっ、大丈夫です!」
ユディは我に返り、計画表を受取った。
天使が二枚の授業計画表を見て、首を傾げる。
「君は召喚士希望のユディ=ハートマンだよね?」
「そうですけど」
ユディは天使が自分を知っていたことに驚き、次のセリフに打ちのめされた。
「未だに召喚はできてない?」
「……はい」
学園のアイドルにまで自分の情けない風評が届いていると知って、ユディは気落ちした。
天使の気の毒そうな視線がいたたまれない。
「召喚できないから、魔導士の道を考えているの?」
「下位幻獣も何も召喚できないので。破滅的に才能がないみたいです」
ユディは消え入りたいほど恥ずかしかったが、天使は陽のように温かな目を向けてきた。
「そんなふうに自分を卑下してはいけないよ。
君は絶対に才能があるから諦めないで。
ともかくなんでも挑戦してごらん、クラスにこだわらず中位や上位でも。
いや、もっともっとその上でも。君ならできるよ」
慈愛に満ちた微笑に、ユディは涙が出そうになった。感極まって。
絶望の日にこの救いはまさに天の助けだった。
暗く深い谷底に光が差し込んだような心持ちだ。
噂では『天使様ファンクラブ』なるものがあるとかないとかいわれているが、あるなら即日入会したいと思った。
「ありがとうございます。もうちょっとがんばってみようっていう気になりました」