「詳しいことは学生課に相談なさいね。
不本意でしょうけど、前向きに。寄り道は悪いことばかりではありませんから。
――ああ、そうだ。あなたもスケッチを三枚提出して下さい。
だれの幻獣でもいいですから」
授業は残り十五分を切っていた。
ユディは急いで魔法陣を消し、スケッチブックを片手に対象を探す。
「あの、スケッチ――」
「ごめん、もう終わった」
「昼で急ぐから。他当たって」
授業は課題さえ終われば終了だ。
クラスメイト達はスケッチを提出すると、授業終了の鐘が鳴る前にさっさと去っていく。
この授業が終われば昼休みなので、皆、混みあう食堂に一分一秒でも早く行きたくて必死だ。
ユディはまともに頼むのは諦めた。
遠目にクラスメイトの幻獣を観察し、三枚を十五分で仕上げる。
この四カ月間、召喚成功のためにスケッチはさんざんやっているのでお手の物だ。
終了の鐘ぴったりに書きあがった。
「これ、提出よろしく~」
カラハ先生の背を追おうとすると、ユディは他人のスケッチを押し付けられた。
やり直しを命じられいた女子生徒、ミゼルカの分だ。
「カラハ先生、間に合わなかった人たちの分はまとめて持って来てってさ。
あなたでいいでしょ? どうせ最後だし」
「私、もう終わって――」
「あたしのもよろしく、ハートマンさん」
ミゼルカに続いて、彼女の友人たちのスケッチもユディの腕にのせられる。
「お昼行こー」
「ハートマンさん、ごめん、待ってて! もうすぐ終わるから!」
「……うん」
言い返すほどの気概も、他のだれかに託すほどの度胸もなく。
ユディは最後まで校庭に残った。
提出を終えて学生食堂に行けば案の定、満員だ。
いくつも並んだ長テーブルは人で埋まり、配膳カウンターには長蛇の列ができている。
ユディはトレイを持って最後尾についた。
「あの子さあ!」
食堂内で知った声を拾って、ユディはドキリとする。
さっきスケッチ提出の仕事を押し付けていったミゼルカだ。
すでに食事は終えているが、三人の女子生徒を相手に雑談に興じていた。
「なんで下位幻獣すら召喚できないんだろうね」
「破滅的に才能ないんじゃない?」
「それか、よっぽど何か幻獣に嫌われるようなことをしたか、だよね。
召喚士の家に生れてそれは致命的だよねー」
心にぐさりと刃物が突き刺さった。
召喚士一家の出であるユディにとって、幻獣は生まれた時から身近な存在だった。
家には父の契約獣の人狼が常駐していたし、乳母は母の契約獣である半人半蛇の女怪ラミアで、遊び相手は長兄が召喚する怪猫や妖精や人魚たちだった。
家から分園に通っていた時代、送迎は祖父の翼竜で、寒くないようにと祖母の編み物友達、半人半蜘蛛の女怪アラクネからマフラーをもらったこともある。
幻獣は常にそばにいて、ユディにとって家族であり友達だ。
彼らに嫌われるというのは、世界の半分の人間に嫌われるのと同じくらいにショックなことだった。
違うと否定するものの、弱った心では確信が持てずに不安が増した。
「進路変更、もう今からでもした方がいいんじゃない?」
「魔導士としても落ちこぼれになっちゃうよ」
「ハートマンさん、自分で魔法使うの得意じゃないみたいだし」
ミゼルカとその友人が去り際に言い捨てていく。
むっとはするが、ユディに言い返すほどの勇気はない。
争うのは苦手だ。弱気な姿勢がますます相手を増長させるのだろうと分かっていても。
去って行くミゼルカたちを、少し遅れてメガネの女子生徒が追っていく。
二ヶ月前まで、ユディと一緒に召喚に四苦八苦していた女子生徒だ。
ユディがミゼルカから嫌がらせを受ける前は、彼女が嫌がらせを受けていた。
今はユディが彼女の立場というわけだ。
「幻獣でも人間でも、タテ社会が厳しいのは同じかあ」
自分の境遇を笑い飛ばして自分を鼓舞してみたが、あまり効果はなかった。
配膳カウンターからパンとスープ、チキンソテー、豆のサラダ、ハーブティーを取って、隅の席に腰かける。
お腹は空いているはずなのに食はあまり進まなかった。
憂鬱の種を抱えているせいで胸が重苦しい。
おまけに大勢いる食堂の中でぽつんと一人。
向かいに話をして気を紛らわせる相手もいないのだ。
何度目かともしれないため息が漏れた。
(諦めた方がいいのかな……)
冷めてしまったチキンソテーを無理やりに口に押しこむ。
肩や手に契約獣を乗せた生徒を見ると、一人が余計に身に染みた。