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3.召喚できない!?

 それから十年後。

 ユディ=ハートマンは危機的な状況に陥っていた。


「できない……」


 召喚の魔法陣を前に、ユディはほとんど涙目だった。

 片手には魔法使いの杖、片手には召喚術の教本。

 足元にはびっしりとメモで埋め尽くされたノートがあるが、彼女のそばには一匹も幻獣がいない。

 周りではクラスメイトたちが自分の契約獣と戯れているのに、だ。


「なんで召喚できないの……!?」


 ユディは今日も魔法陣の前にへたりこむ。


 四月に国立魔法学園の高等部に進学し、早四ヶ月。

 小さい頃からの夢である召喚士になろうと日々勉学に励んでいるものの、入学以降、ユディは絶望を味わう毎日である。


 とにかく召喚ができない。

 幻獣を呼び出せなければ授業にならないというのに、一匹も呼び出せない。


 初回で成功できるのは半数なので、ユディもそれほど気にしていなかったが、四ヶ月目になってもできないというのは異常だ。


 たいていの生徒が一ヶ月以内にできるようになるし、教師に「あなたは他のコースの方が向いているかもしれませんね」と言われた生徒でも二ヶ月目には成功した。


 召喚士の家系に生まれ、幻獣辞典は丸暗記済み、入学前にすでに召喚の手順も把握できているだけに、この状況は針のむしろのように辛い。


「今日は何の召喚を? ミス=ハートマン」


 校庭の隅で一人召喚の練習に励むユディの元に、教師がやってきた。


 召喚実習の担当教員、カラハ先生だ。

 いつも丈の長い深緑色のワンピースを着ているので、生徒たちからは『緑の魔女』というあだ名をつけられている。


「ピクシーです」

「もう一度やってみて」


 ユディは心を落ち着けて魔法陣の前に立ち、精神を統一した。

 自分の心を知り、自分の願いを知り、それに見合った幻獣の姿を思い浮かべる。

 それから呪文を唱えて幻界の扉を開き、幻獣に呼びかけるのだ。


 しかし、やはり何の反応もない。

 魔法陣は淡く光っているだけで、幻獣が出てくることはなかった。


「魔法陣は完璧。クラスの中で一番きれいに正確に書けています。

 呪文の詠唱も問題ないでしょう。発声も発音も良いですし、他の魔法は使えているようですからね。

 幻界の門も、開けてはいる。

 つまづく所といったら、幻獣の姿を明確に思い浮かべられていないことですが――」


 カラハ先生は足元にあるユディのノートに目をやった。

 ピクシーの姿が見開きページいっぱいに、克明に描かれている。


 虫の羽根を生やした小人の妖精。

 とがった耳に三角形の帽子、緑色の服といった特徴もしっかりメモされている。

 角度を変えてのスケッチまであり、これを元に彫像すら作れそうな情報量だ。

 呼びたい幻獣の姿があいまいということはあり得なかった。


「あなたは何か原因を思いつきますか?」


 カラハ先生は頭上の枝で寝ている金色のミミズクに尋ねた。


 上位幻獣、金鵄きんし。カラハ先生の契約獣だ。

 賢く博識で迷える者を導いてくれる幻獣だが、ユディにはなんの助言もない。

 気まずそうに首をすくめ、また眠ってしまう。


 サジを投げるような態度に、ユディは絶望した。


「先生、課題できましたあ!」


 クラスメイトの一人が元気な声で、ユディとカラハ先生の間に割って入った。


 今日の課題は幻獣のスケッチを三枚。

 一枚は自分の契約獣で、もう二枚は自分以外のクラスメイトの契約獣。

 一枚目は契約獣と親睦を深めるため、残りは幻獣への観察眼を磨くためだ。


 召喚の成功は召喚者の想像力にかかっている。

 自分の契約獣以外のこともよく覚えておかなければ、いざというとき別の幻獣を呼び出せない。


「ミス=ダイア。一応描けてはいますけれど、もう少し細かく。手足が雑過ぎます」


「すいませえん、手足って苦手で。

 でも、描けなくても想像はできてますし。召喚もできてますし。問題なくないですか?」


 艶やかな金髪をいじりながら、女子生徒はユディのノートを一瞥する。


「よく描けてても召喚できないよりはいいですよね?」

「ミゼルカ」


 教師に突然名前で呼び捨てられ、女子生徒はびくりと背筋を正す。


「召喚士が幻獣を雑に思い浮かべて召喚することは、雑に名前を呼び捨てるようなものです。ちゃんとなさい。

 想像が雑なせいで、虫族のワームを呼んだつもりが、竜族のワームが来たら大変でしょう」


「……はあい」


 ミゼルカは突き返されたスケッチを渋々と受け取った。

 カハラ先生はさまざまな幻獣が描かれたユディのノートをめくって嘆息する。


「あなたの想像力なら何でも呼び出せそうなのに。なぜ何も呼べないのかしら」


 私も知りたいです、とユディは心の中で泣いた。


「ミス=ハートマン、わたくしもこんなことをいうのは大変辛いのですが。

 もうすぐ一年の前期が終わります。

 それまでに一匹も召喚できなかった場合、召喚士は諦めて、九月からは他の道を目指しなさい」


「え――」


「召喚できないのに、後期も召喚士になる努力をしていたのでは時間をムダにしてしまいます。

 半年遅れならば、別の職業を目指しても他に追いつけるでしょう。

 あなたが召喚できない理由は、今は分かりませんが、他のことを学んでいる間に解決するかもしれません。

 召喚士の次に希望する職業は何ですか?」


 ユディは頭が真っ白になった。

 頭の片隅にあった悪夢が現実になった瞬間だった。


「……分かりません。召喚士になることしか考えていなかったので」


「であれば、魔導士はいかがですか?

 魔導士の技能は召喚士にも必要になるので、ムダにはならないと思いますよ」


 はい、となんとか返事をしたが、ユディは茫然自失の体だった。

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