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第3話 当てはまらないパズルと一歩

 次の日。

 私は朝から、雪くんに連絡をしていた。

 今日の昼休みの仕事について。

 本当は、朝教室に上がる前に伝えようとしたのだ。

 ただ、教室に雪くんはいなかった。

 否、遅刻していたのだ。


 彼は前日同様、本鈴前に走っていた。

 私は今日が返却期限の本を片手に窓に目をやる。

 そこにはデジャヴかと思うほど、前日と同じように登校している雪くんがいたのだ。

 私は朝礼が終わってすぐに鞄から携帯を取り出した。


『雪くん、おはよう!

今日の昼休みは十三時十五分からお仕事です!朝みたいにギリギリに焦らないように、時間を見て来てね!』


 そう私は少し笑いが起きるように連絡を送ってみる。

 いつもならしない、少しイジったメッセージ。

 友達に対して送る時にしか使わないエクスクラメーションマークを使って、送る。


 きっと、返信は三限くらいだろう。

 そう思いながら、鞄に携帯を仕舞った。

 友達に声をかけようとした時、鞄が震える。

 私は立ち止まって、携帯を見た。

 そこには一件のメッセージ。


『えっ!?先輩もしかして、見てました??めっちゃ恥ずい…

了解っす!安心してください、ちゃんと時計は持ってます!!』


 面と向かって会話をしている時のように、相手の表情が手に取るように分かるそのメッセージにくすりと笑う。

 焦って、弁解して、自慢げに時計を見せる。

 そんな姿が容易に思い浮かんだ。

 クスクスとメッセージを見て笑っていると、親友の一人である桜麗 さらが来る。


「雪がそんなに笑うなんて、珍しいね…何を見ていたんだい?」


 イケメン美女と呼ばれる桜麗がそんな風に私に声をかけた。

 私はハッとして、何もない顔をする。

 そんな私に桜麗はクスクスと優美に笑った。


「すまない、見られたくなかったかな?珍しく笑っているから何事かと気になったんだよ」


 桜麗はそう言って、弁解する。

 私はいつもみんなと同じくらい笑っているはずだ。

 珍しくなんてない。

 桜麗も知っているだろうに、こんな風に食いついてくるということは言いたいことがあるのだろう。


「なぁに?桜麗、私がこんな風に笑うのなんて日常茶飯事じゃない?いつもと違った?」


 私はそう、桜麗に聞く。

 何か言いたいことは分かるが、その手には乗らない。絶対に…

 そう私が誓っていると、桜麗はまたクスクスと笑う。

 何が面白くて、そんなに笑うのだろう…

 私がそう考えていると、桜麗が言った。


「なんだか、恋する乙女だなあって…かぁわいい顔してたからね、好きな人が遂にできたのかと」


 桜麗はいつもこう言って、核心を突こうとしてくる。

 いつもなら私はこの手に引っ掛けられて、内緒にしてたことがバレてしまう。

 だけど、今回はその手に乗らない。

 私はもう恋愛をしないと誓ったのだ。


「桜麗も知ってるでしょ?もう私は恋なんてしないの!好きな人なんていない!」


 そう桜麗に言った時、私の心は間違ったパズルをはめた時の音がした。

 私はその音を聞かなかったことにして、桜麗と会話を続ける。

 教室に先生が入ってきた。

 桜麗との格闘もここまでのようだ。

 私は、手に持っていた携帯を鞄に仕舞い込んで、席についた。


 風が吹く。

 春が急足で引越しの準備を始めるように、風には夏の匂いがほんのり混じっていた。


  風が吹く。

 春が急足で引越しの準備を始めたようで、風には夏の匂いがほんのり混じっていた。


 昼休み、私はランチバックを持って図書会議室に入る。

 仕事を始めるまでの15分。

 その日の当番はこの時間で昼ごはんを済ませる。

 雪くんには教室で食べてから来るか、ここで食べるかができることを伝えた。

 彼がどっちを選ぶかわからない。

 そもそも、時間に間に合うのだろうか…


 私は窓と反対側の椅子に座った。

 窓から外の風景が見える特等席。

 ここで私はよく昼ごはんを食べている。

 風が扉に当たって、ごとごとと音を立てた。

 その音に私は勢いよく振り返る。

 ただ、そこには誰もいない。

 その事実を確認した時、私はなんだか残念な気分になった。


 私はそそくさとご飯を口に運んでいく。

 ああやって、雪くんを煽っておきながら、自分も遅刻してしまっては元も子もない。


 十二時五十五分。

 時計がそう示した時、扉が開く。

 私は驚いて、後ろを振り向いた。

 そこには、顔を赤くした雪くんがいる。

 綺麗なブラックブルーの髪がふわふわと揺れた。

 雪くんは私に向かって、あの時と同じ笑顔を向ける。

 そして、イタズラに成功した小さな子供のような表情で私に言った。


 「先輩!俺っ…ちゃんと時間より早くきましたっ…

先輩飯はもう済んでます?俺さっき買ってきたんで、一緒に食べません?」


 そう言って、ガサガサと音を立てながら袋を私に見せる。

 ずっしりと重力に従うように雫型になる袋。

 見た感じ、パン5個は余裕で入っている。

 ガタイがいいかと言われれば、そうでもない。

 どちらかと言うと細マッチョに分類される彼でも、こんなに食べるのだ。

 男子の胃袋どうなってるんだろう…


 私は彼の質問に答えることなく、ぼーっとそんなことを考えていた。

 そんな私に彼は不安そうな顔を見せる。

 捨てられた犬みたいな、今にも泣きそうな顔に笑いながら、私は隣の席の椅子を引く。


 「ここにどうぞ。そんなに焦らなくても、大丈夫だよ」


 私が席に座るのと同時に彼は扉を閉める。

 そして、椅子に座った。

 ガサゴソと袋を漁っていく。

 袋の中から、いろいろなパンが出てくる。


 メロンパンに、クロワッサン、アップルパイ…

 惣菜パンなんて一つも出てこず、出てきたパンは全て菓子パンだった。

 意外と、甘党…?

 そう思いながらパンの数を数える。


 一つ、二つ、三つ…七つ!?

 売店にある菓子パン全ての種類を買ったのではないかと言うくらいパンが出てくる、出てくる。

 嘘っ…こんなに食べるの?

 お兄ちゃんでも、ここまでは食べない…

 私は背中に宇宙を背負って、固まった。


 そんな私に気づかず、雪くんはメロンパンの袋を開ける。

 顔くらいの大きさのメロンパンがみるみる無くなっていく。

 私は自分の食事に集中できずに、雪くんが食べる姿をジッと見ていた。


 すごく美味しそうに食べるんだな…それに、綺麗…

 いつもの元気な雰囲気とは違う、静かに降る雪みたいな雰囲気。

 静かにしてるとイケメンって言われるタイプだ。

 騒いでいてもイケメンだけど…


 気づいた時にはメロンパンは無くなっていて、次のパンにかぶりついていた。

 あまりにも私が雪くんをジッと見つめるものだから、彼は困った柴犬のような顔をしてこっちを見る。

 目が合った。そのまま、彼は笑う。


 ドッキン…

 そう大きな音を心臓が立てる。

 今まで聞いたことないような、大きな大きな音。

 心臓がバクバクと動いて、制御ができない…

 私は何が起きているのかわからないまま、笑顔を彼に返した。


 どうしよう…

 何が起こったのか、分からない。

 ただ、必死で抑えていた扉が開くような音がした。

 私はプイッとそっぽを向いて、お弁当箱を見る。

 心臓はまだ、止まらない。

 嫌なはずのこの振動が、なんとなく、心地よくて…

 なんとなく、嬉しかった。


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