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第2話 不思議な君

 放課後。

 私は図書会議室に来ていた。

 委員会の新入生歓迎会。

 去年、私たちの代はこの歓迎会で先輩との交流を深めた。

 そう、この会は私の第一歩に大きく関係しているのだ。

 失敗はできない。


 そう考えて、私は手元のメモをもう一度確認する。

 きっと、大丈夫…

 このメモ通りに言えばなんとかなる。

 私は自分にそう言い聞かせながら副委員長席に座った。

 委員長が開始の号令をする。

 不真面目にも、一人だけ遅刻がいるが…


 結論から言うと、私の発表はうまく行った。

 大好きな動物がアヒルってことと、名前を言ったことしか覚えてないけど。

 私の番は三番目。

 今は二年生まで回って、十六番目くらいだ。

 一年生の発表まで時間はある。

 後輩の名前はきちんと覚えなくては…

 そう考えながらも、私はボケーっとしていた。


 一年生の番まで回る。

 私は授業以上に集中して聞いていた。

 初々しい可愛い自己紹介を聞いて、名前を頭に叩き込んでいく。

 覚えられるかなぁ…

 そう不安になっている時、教室内に急に風が強く吹いてくる。


 ガラガラ。

 そう大きな音が教室内に響いた。

 青みがかった黒。特徴的な笑顔。

 そこには、朝の彼がいた。

 あの時の笑顔を浮かべて…


「すいません、ちょっと遅れちゃって」


 そう軽く歌うように告げる。

 先輩は反省の色のない彼を席に座るように誘導した。

 私の目の前がブルーブラックに染まる。

 今まで空白だったそこがピッタリとパズルのピースが合うように重なった。

 彼は私に向けて、笑いかける。

 朝と全く変わらないあの笑顔。


 気づいた時には、発表していた子は座っていて、次の人の番になっていた。

 次はブルーブラックの彼。

 彼は扉を開けた時のように元気よく椅子を鳴らす。


「一年一組、霜月 雪 しもづき せつ です。読書が好きので、本が沢山読めそうと言う理由で入りました。好きなジャンルはミステリー、よく読む作家は江戸川乱歩です。よろしくお願いします」

 そう歩くように言って、彼は座る。

 私の心臓はずっとバクバクしていた。

 今日は心臓の調子が悪いのかもしれない…

 そんなことを考えながら、熱くなった頬を手で冷やす。

 頬に当てた手は指先まで熱くて、鎮まらない熱に私は顔を背けた。

 窓から入る風はもう穏やかになっている。

 この心の異常事態を私はまだ認識したくない。


 一年生の自己紹介が終わると委員長は一年生と二、三年生のペア表をホワイトボードに貼った。

 ペアの子は女の子がいい。絶対に…

 仲良くなりやすいし、何より恋愛をしなくて済む。

 そんなことを悶々と考えながら私は表に目を通す。


 私の番号は三番。

 一年生の載っている欄から同じ番号の子を探す。上から四番目。

 そこに載っていた名前は霜月 雪だった。

 まさかの男の子。

 自分でフラグを立てて、回収してしまった。


 どうしよう…

 その一言だけが頭の中をぐるぐると巡る。

 恋だけは絶対にしない。

 そう決めた心が早々に音を立てて、ズレていく。ダメだ。絶対ダメ。

 私は心でそう唱えながら、霜月くんを探す。

 急に背後から肩を叩かれた。


「うわぁっ!!!!!」


 私はそんなだらしない声をあげて、後ろを振り返る。

 誰だ、私をびっくりさせたのは…

 顔を顰めながら、後ろを見るとそこには霜月くんがいた。

 彼は驚いた私に驚いて、顔が芸術的になっている。


「すいません、驚かせて…見つけたんで、声かけようかと…」


 先に弁明したのは霜月くんの方。

 過剰にびっくりした私に、彼は真摯に謝ってくれた。

 やらかしたよ…私の真っさらな頭にはその一言が浮かぶ。

 初対面から年下に謝らせてしまった。

 それも私の過失で…


 私は即座に謝罪した。

 過剰に驚いてしまったことを伝えると、彼はあの笑顔で私に笑いかける。

 ドキッとした。

 イタズラがバレた時のような感覚に、頭はクエスチョンマークで埋め尽くされる。

 なんだろう、この感じ…


 私はハッとして、仕事内容の説明を始める。

 担当は三種類に分かれていて、貸し出し、返却された本の収納、そして図書室の戸締りだ。

 その仕事を三年生を抜いた六グループで行う。

 私たちは一番初め。明日からだ。

 明日は貸し出しを行う。


 霜月くんに明日の集合時間を伝えて、委員長の手助けに行く。

 そんな私の肩が後ろに引かれた。

 私は後ろによろけて尻餅をつく。

 立ちあがろうとするとすいませんと言う声とともに腕が持ち上げられた。


 きちんと両足をつく。

 バランスが取れたことを確認して、私は前を向いた。

 そこには霜月くんがいる。

 彼は何かを書いた紙を私に渡した。

 そして、お疲れ様でしたと言いながら教室を出る。

 紙にはメッセージアプリのIDとメッセージがあった。


「良ければ、追加してください(^^) 霜月」


 単調で男の人らしい字。

 だけど、汚いわけではない。

 どちらかと言うと綺麗な字だった。


 私はその場で鞄からスマホを出す。

 メッセージアプリを開いて、友達追加の申請をする。

 心がバクバクと動いていく。

 まるで、プレゼントを貰った子供のように…

 心から何かを思った。

 この何かに私はまだ、名前をつけられない。

 私の心の中で、ゴトンと何かが落ちた。

 ただ、その時の私は何が落ちたのかも、なぜ落ちたのかもわかっていなかったのだ。


 何かを送らないと…

 そう考えて、お気に入りのスタンプで『よろしく』と送る。

 返信を待っていると声をかけられた。

 行かなきゃ…

 そう思って、私はスマホをポケットに入れた。


 新しく出来た後輩と言う生物への接し方がうまく掴めないまま、歓迎会は終わりを迎える。

 私は先輩にお疲れ様ですと伝えて、図書会議室を後にした。

 いつも通りの道のりをぼーっとしながら歩いていく。


 すると、何かが震えた。

 私はその存在を探って、鞄に手を入れる。

 鞄の中に私の探し物はない。

 どこからか音はしたのに…

 そう考えながら、探していると、もう一度鳴る。

 音の鳴っている大元はポケットの中。


 私は慣れない手つきで、ポケットの中に入っている携帯を取り出す。

 そこには通知が二件来ていた。


『こちらこそ、よろしくお願いします』

『俺のことは、雪って呼んでください』


 そんな短いメッセージ。

 後輩が先輩と関係を良くするために、自分の伝えたい要件を伝えただけの、ただそれだけのメッセージに心が踊る。

 なんて返したらいいのだろうか…

 そんなふうにサプライズをする時のように

私は文章を綴っていく。


『連絡ありがとう、そんなに畏まらなくてもいいよ』

『雪くんって呼ばせてもらうね、私の事は呼びやすいように呼んでもらえればいいから!』


 当たり障りのない返信を送信する。

 そして、私はもう一度、携帯をポケットに直した。

 家に着くまでのいつも通りの道のり。

 見慣れたはずのこの道がキラキラと輝くのは、きっと夕日が綺麗だからだ。

 私はそう考えながら、家の扉を開いた。


「ただいま」


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