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檄したよしおはさながら暴力の化身といった有様だが、平時のよしおはどちらかといえば理性的だ。時には策を巡らせる事もあるし、暴力よりは対話…話が通じるか通じないかは別として、対話を優先する事も珍しくはない。
だが、それを鑑みてもよしおの祓いは“軽い”のだ。
通常、大きな祓いとなるならば祭壇を作ったりだとか、数日前から身を清めたりだとか、祓いに使う道具にしたって相当に吟味したものを選んだりする。
祓う対象の経歴…根源などの調査にも相応の日数を割くし、周辺地域の住民を避難させるために各種関係機関と連携を取る事も珍しくない。
だがよしおはフッ軽なので必要な道具は己の五体、そして根回しなども滅多にしない。
まあその辺はよしおに他組織のようなコネやツテなどがないからであって、どうにもならない部分はあるのだが…。ともすればこの軽挙にも見える振る舞いは、よしおがある種の割り切りをしてしまっているからである。
――その場その場でどんなに準備をしようが、駄目になる時は駄目になる
――その逆も同じだ。どれ程雑であっても上手くいく時は何しても上手く行くものだ
これは粘りを欠いた欠陥思考であり、いずれは破滅へと繋がる危険な考え方ではあるが、よしおはこの考えを捨て去ることが出来ない。
これをよしおは自身の心の未熟さゆえだと考えている。
そんな自分を変えたくて、よしおは危険な祓い業をやっているのだ。
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ともあれ、フッ軽なよしおがツテが出来たとは言え、準備をしてから祓いに臨もうというのは、今回の標的が相応以上に厄介である事を意味していた。
「念の為に、廃校周辺の住民は避難させたほうが良いかも知れません。例えば不発弾の撤去だとか、何でも良いですがそういう理由で避難させる事は出来なくは無いでしょう?」
よしおが聞くと、陽は勢い良く頷いた。
茜崎 陽という少女は俗だ。
力が好きだ。
力には色々種類がある。
暴力、経済力、政治力、情報力、社会的地位や権威、知識や技術力、カリスマ性、文化的影響力…
陽はそのどれもが好きだ。
だが一番好きなのは暴力だった。
なぜならばそれらの“力”の中で一番恐ろしいものが暴力だからだ。一番恐ろしいものを手中に収めてしまえば、怖いものはなくなる。
――“あの時”、私に力があったなら、大きな大きな力があったなら
――パパもママも死なずに済んだ
彼女の母、先代の西の巫女は強大な力を持った悪霊に殺されている。父親は母親を護ろうと、やはり殺された。
当時幼かった彼女は当然力及ばず、だが生き延びた。
死んだ筈の先代西の巫女が輪廻に還る事を拒絶し、現世に残り陽を護ったからだ。
先代西の巫女は強大な悪霊と相克する形で消滅した。
陽は現世では勿論の事、来世でもそのまた来世でも、彼女の母親とまみえる可能性を永久に失ったのである。
そんな陽の境遇、そして心の有様が彼女の“力”の根源であった。
そしてそんな彼女だからこそ、よしおに対してある種特別な感情を抱かざるを得ないのだ。
迸る感情のままに拳を振るい、自身の敵を蹴散らし、己が意を押し通す彼の自由な振る舞いに憧憬と嫉妬を向けざるを得ない。
そして嫉妬というのはちょっとした異物を加えてやれば、容易に敵意へと化学反応を起こす。
起こした結果が陽の半殺しという末路だ。
あの日、あの時、陽とよしおの間では残酷なまでに明確な格付けが済んでしまった。
放置しておけば大炎と化すはずの大きな嫉妬、小さな敵意はよしおの顔面パンチで粉々に粉砕されてしまったのである。
だが、それにより陽がよしおに抱く感情は、ただ憧憬のみが残り…
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「他にやることはあるかしら?」
どこかドヤっとした様子で陽がよしおに聞いた。
よしおは少し考え、ややあって口を開く。
「逆に、何か必要だと思った事があればそれは実行してしまってください。僕への許可は要りません。こういう大規模な準備は貴方達のほうが慣れているとおもいます。ただ、どうあれ今日明日で済ませたいとおもっています」
ただの2日で“隠し鬼”を始末するという言葉は、よしおが発したものでなければ大言壮語だと謗られたかもしれない。
「きょ、今日明日で決着をつけるというの?これまでに何人もの祓い手を殺してきた厄介な相手よ。…ここだけの話だけどね、昔、巫祓千手でもとても才能に優れた祓い手…未来の座主の座につくだろうと思われていた人がいたそうなの。でもある時、“隠し鬼”と対峙して…」
「殺されてしまった、と」
よしおが後を引き取ると、陽は頷いた。
雨子や啓は組織内での機密をあっさりと口にする陽に穏やかならぬ気持ちを抱くも、事前に危険性を共有するというのは重要なことではあるので、口を挟まないでいた。
ちなみに晃だけはよしおの言葉の真意に何となく気付いた…ような気がしたが、すぐに否定した。
(あ、そっか。今日明日は休みだけど、明後日からは仕事だからだ…ってそれはないか、ないよな。いくらおっさんだからって…)
だが、この時の晃の考えがまさに真実を言い当てていた。
よしおは今日、本来は休みだったのだ。
しかも三連休真っ只中である。
だがその休みも今日明日で終わってしまう。
明後日からは仕事だ。
幸いなのは、明後日からの現場は特殊でもなんでもない普通の現場であるという事か。
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陽の行動は早かった。
あちらこちらへと電話をかけ、メールを飛ばし、必要ならMoove(オンラインでの会議を実現するクラウド型のビデオチャットサービス)を使用して会議をした。
独楽鼠のような陽の実行力に引きずられるように、巫祓千手に属する面々は様々な準備に取り掛かる。晃のような部外者…とまではいかないが、組織に属さない者は勿論それらには参加しない。晃は母親である依子に寄り添い、不安そうにその顔を眺めていた。
よしおが何気なく晃を見ると、晃もまたよしおを見ていた。
なんだか、と晃が口を開く。
「とんでもない話になっちゃいましたね」
晃の言葉によしおは軽く頷き、依子に視線を移す。
依子には無事で居てもらわねばならない、とよしおは思った。
なぜなら、彼女からよしおは愛のなんたるかを教授してもらう必要があるからだ。
自身の命より子…晃の命を優越させた親子の愛。
それほどの愛情の発露には一体如何なる条件が必要なのか、よしおは是非とも知りたいとおもっていた。それは彼自身が余り恵まれた家庭環境ではない事も影響している。
「もしこれが…無事に終われば、お袋は目を醒ます…といいんすけど」
依子が快癒するかどうか、よしおには断言は出来ない。
断言出来ない事ならば沈黙が金…と、以前のよしおならば思っていただろう。
しかし日々自身の価値観をアップデートさせようと努力しているよしおは、例え言葉だけの気休めであっても、その価値が沈黙に勝るシーンが存在しうる…と言う事を知っている。
「ええ、醒ますとおもいます。お医者さんの話では、魂が抜かれているという話ですから。僕らが“隠し鬼”とやらを祓えば、きっと灰田くんのお母さんは目を醒ますでしょう」
そこまでいってから、よしおはふと自身の腕を見る。
腕一面に鳥肌が立っていた。
――僕らを、いや…
よしおはちらと晃を見る。
晃の様子に変化はない。
小首をかしげてよしおを見返していた。
――僕らを、じゃない。僕をみているのか
好都合だ、とよしおは思った。
◆
その日の夜。
よしおと陽はA市某所の廃校のグラウンドに居た。
グラウンドに居るのは二人だが、廃校の周辺には各種対応班が散らばっている。
50メートル四方、その四隅には柱が打たれ、四辺に注連縄が張り巡らせてある。
そして、注連縄には一定の間隔を保って鈴が取り付けられていた。
2人はその中心に立っており、“隠し鬼”がやってくるのを待っている。今日、この時に何故“隠し鬼”がくると断言できるのか?
それは当然の疑問だが、来ない可能性などは存在しない、とまでよしおは思っている。
なぜなら…
「手、大丈夫なの?」
陽が気遣わしげに言う。
その目線はよしおの手に向けられていた。
よしおの手は、その掌の大部分が黒い痣に侵され、肘の直ぐ下辺りまで侵蝕が進んでいた。これは呪いだ。そしてマーキングである。
“隠し鬼”は本来、鬼撫(キブ)の血にしか惹かれない。
だが、食事を邪魔したよしおは別らしく、“隠し鬼”はよしおを次の獲物と見定めたのだ。それは不幸なことだ。よしおにとってか、“隠し鬼”にとってか、は今の時点では分からないが…。
「強力な呪いです。千本の針が突き刺さっているかのように痛い。ずきんずきんと痛み、この痛みが本体がそう遠くない場所にいることを僕に知らせてくれています。僕がよほど憎らしいんでしょう」
しかし、とよしおは続ける。
「僕が僕を嫌う気持ちよりは軽いから大したことはありません。僕は、この仕事で成長したいとおもってるんです。そして、成長できると感じている」
「ま、前向きだか後ろ向きだかわからないわね!でも、そんな自己嫌悪を抱く必要は無いと思うわよ。欠点のない人間なんて気持ち悪いだけだわ!」
陽が元気に言い、その言葉はよしおの脳神経を甚く刺激した。
よしおは顎に手をやって考える。
――欠点のない人間は気持ち悪い…?
――じゃあ欠点を残すべきなのか?
――だがそれは怠惰なのでは。前に進み、欠点を埋める…その意思が人を成長させるのでは…
とても命掛けの現場で考える事ではないのだが、よしおは学びを忘れない男だ。
些細な言葉からも知見を得て、隙あらば思索しようとする。
そんな面倒くさい性格が礼子の不倫を招来したかもしれない、と言う事には思い至りもしない。
◆
2人はそれからも他愛のない雑談を続ける。
陽はそれこそ取り留めない話題を間断なく提供し続けた。
好きな食べ物、趣味、よく観る番組、好きな芸人嫌いな芸人、料理はするのかしないのか、本は読むのか、好きな作家は、運動は好きか…
よしおは次から次へ繰り出される陽からの質問に律儀に答え続けた。
よしおもほどほどに話題を振る。
彼は個性的な性格だが、コミュニケーション能力自体はまだ崩壊していないのだ。
よって、現役女子高生とだってそれなりには話せる。
ちなみに遵法精神は完全に崩壊しているが、これはおかしくなってしまう前から大して強固なモノではない。証券マンの遵法精神などは、これは例えば指毛のようなもので、立派で強固であるほどに邪魔になる。全くないか、あるいはチョビチョビとあればそれで良い。
やがて、どちらともなく質問が止み、沈黙がその場を支配する。
よしおは自身の背を氷柱で撫でられているような悪寒を感じた。
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雲が厚く広がり、もう春先だというのにまるで冬のように気温が低い夜。
よしおの耳は急激に接近する死の足音を捉えた。
「気付いているでしょうけど」
陽が言う。
その声色はやや硬い。
無理もないだろう、相手は同胞を何人も無残に殺してきた悪鬼だ。
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――りん、りん、りん、りん
四方の鈴がけたたましく鳴っている。