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第12話 隠し鬼⑥

 ◆


 よしおと『巫祓千手』との話は思った以上にスムーズに進む。

 最終的にはとりあえず電話である程度骨子を固めた上で、それなりに立場がある者と対面するという話になった。


 巫祓千手にとってよしおは余り関わりたい相手ではない、ただ、遺恨があるかといえばそれはまた違う。


 だが“隠し鬼”については話が別だ。

 巫祓千手にとって幾度も苦渋を舐めさせられてきた妖物、遺恨などは掃いて捨てる程にあった。


 それをよしおが掃除してくれるというのなら渡りに船だった。


 よしおの条件…場所の用意、医療班の準備などの段取りを組む事は問題ないし、報酬の5000万という額も全く問題はない。


 むしろ少なすぎるため、なにか裏があるのではないかと疑ったほどだった。


「ええ、では直接お会いしてお話を伺うということで。そうですね、分かりました。では病院の方でお待ちしていますよ」


 よしおがそういって電話を切った。

 よしおはこの後、巫祓千手の者が病院にやってくるということをその場の者達に伝え、しかし場所を移るということはせずにその場にあった椅子にどっかと座った。


 依子からは確かに印は外れたが、それでも血の匂いに惹かれて“隠し鬼”が急襲してくるかもしれない。

 それを警戒してその場に残ろうというのだ。


 ◆


「本当に有難う御座います…」


 晃が改めてよしおに礼を言うと、よしおはどこか気だるげに頷いた。

 疲労がたまっているのだ。

 怒りの後には決まって虚無感に包まれる。


 ボウっとしているよしおに雨子が心配そうに話しかけた。


「鈴木さん…何か飲まれますか?」


 よしおは頷いて珈琲を頼んだ。

 少し待ってて下さいね、とその場を離れる雨子の背を見送り、よしおの視線が啓へ向けられる。


 無遠慮な視線が自身の吹き出物だらけの顔に向けられるのを見て、啓は苦笑した。


「気味が悪いでしょう?」


 よしおは首を横に振った。

 否定だ。


「…貸しをつくりたかったんです」


 よしおの言葉に啓は小首をかしげた。


「貸し…ですか」


 ええ、とよしおが続ける。


「巫祓千手さんの内部の人に貸しを作って置けば、後から色々と助けて貰えるかもしれないでしょう?それはただの出来物じゃない。呪いの残滓です。貴方だって放置はしておきたくないでしょう。だから手を貸せないものかとおもって少し観察してしまいました。申し訳ない。良くないものがもう全身にくまなく回っていますね。僕ではお力になれない様です」


 そういってよしおは頭を下げた。

 無礼で一切の駆け引きもないよしおの言に、啓は苦笑を深めた。そこに咎める雰囲気はない。


「中々強かなのですね。…私は、そう、噂もあって…あなたのことをもう少し乱暴な方だとおもっていましたが…」


 よしおは口の端に僅かに笑みを浮かべ、啓の言葉を肯定も否定もしなかった。


 晃は不思議そうな目でよしおを見ている。

 鈴木よしおという男は非常に物静かで、そして真面目な男だと晃は考えているからだ。

 乱暴、というのはどうにもイメージにそぐわない。


 よしおの暗黒面を知らない晃ゆえの疑問と言えるだろう。


 ◆


 よしおは理解している。

 いつまでもウジウジウジウジ思い悩む事の愚かしさ、情けなさを。


 こんな惰弱な精神の男を愛せる女が一体どこにいるというのだろうか?

 男として、いや、人間として成長をしなければいつまでたっても今のままだろう。


 そんな事、よしおにだって分かっているのだ。

 だからこそある意味で裸の心と心、魂と魂でぶつかり合う“この仕事”を続けているのだ。


 “この仕事”は人の死に様に多く直面する。

 そして死に様とは生き様の帰結であり、生きるという事はすなわち成長を積み重ねていくという意味でもある。


 どのような無能であれ低脳であれ、生きている以上は些細にせよ僅かにせよ成長を重ねていっている事には違いない。


 であるならば、数多くの死に様に直面する事で、それだけ多くの生き様…成長の軌跡を見る事が出来るではないか。


 それがよしおの考えだ。

 よしおは手本を求めている。

 成長する為の手本を。


 ……もっとも、霊的異常空間におかれたよしおは非常に不安定なものとなってしまうので、毎回毎回成長もクソもなく暴力で物事を解決してしまうのだが。


 ともあれ、よしおとしては自身の不甲斐なさを理解しながらも前へ進んで行きたい、人間として成長していきたいという前向きかつ健全な願いを抱いているのだ。


 善良、誠実。

 それが鈴木よしおの代名詞と言えよう。


 ◆


「鈴木さん、どうぞ。ええと…微糖と無糖、どちらにされます?」


 雨子が戻って来てよしおに缶コーヒーを手渡す。

 よしおは礼を言って無糖を選んだ。

 そして啓とよしおの間で何かしらの交流があったことを空気から察知し、さらにそれが決して悪いものではなかったことも感得した。


 工藤 雨子は自身の毛髪を通して周辺を感知する

 事が出来る。この感知の範囲、対象というのは非常に幅広く、所謂“空気”を読む事も出来る。

 要するに、『なんだかこの2人空気悪いな、喧嘩しているのかな』みたいな雰囲気の察知を高精度で行う事が出来るのだ。


 また硬度を操作し、質量のある霊異現象にも白兵戦で対応する事でき、応用範囲は広い。


「滑川先生は非常に優秀な呪術医さんなんです。それこそ組織でも右に出る者は居ないほどの」


 雨子が言うと啓はやや頬を赤らめて俯いた。

 しかし否定はしない。

 啓自身が自分の力量の高さを認めているからだ。

 これは増長ではなく自負である。


 よしおはでしょうね、とそれを認める。


「仕事に誠実な人だと感じました。僕はそういう人は好きです」


 よしおの言葉は短いが、啓も雨子もよしおがおべんちゃらを言うタイプでは無い事は何となく分かっていたため、柔らかい空気がその場に広がる。


 そこで雨子のスマートフォンの着信音が鳴った。

 ピヨピヨと言うヒヨコの鳴き声だ。

 雨子はやや頬を赤らめながら、一同に断わりをいれて電話に出る。


「はい、はい…え?姫巫女様が…ですか!?ええと…それはどちらの…西の姫巫女様ですか…」


 西の姫巫女。

 それは巫祓千手の特記戦力ともいうべき三巫女の1人だ。

 西、東、南、それぞれの方角に対応した巫女が存在しており、北には座主と呼ばれる最上位者が鎮座する。


 啓はあちゃあ、と額をおさえた。

 他の者達もやや表情が曇る。

 これまで何度も苦渋を舐めさせられた“隠し鬼”の祓い、それを外部の者に任せるというのはこれはもう組織のメンツに関わることで、そうなれば口止め諸々含めて組織の上位者が出張ってくるのはそう可笑しい事ではない。


 それがたとえ姫巫女であっても。


 ただ、認識されている問題と認識されていない問題…そしてよしおの意思。

 これら3つの問題がある。


 1つは西の姫巫女は三巫女の中でも一番気性が荒いという事。


 2つは…かつてよしおが半殺しにした姫巫女というのが当の西の姫巫女であったという事だ。


 最後に3つ目。


 雨子の感覚器官…髪の毛がその場の異常を察知する。ぎくりとよしおを見てみると、よしおの目が爛々と輝いていた。

 霊力が励起しているのだ。


「西の姫巫女様ですか。以前…そう、奇縁で巫祓千手に声を掛けられたとき、僕の力を試すとかでいきなり殺そうとしてきた人ですよね。ただ、あの時彼女は謝罪をしてくれました。僕もそれを受け入れ、激昂した事を彼女に謝罪しました…あの件はお互いに水に流したと僕はおもっていました。……何故僕に会いにくるのですか。良い関係ではない事は巫祓千手さんもご存知の筈です、が…」


 よしおの口調は至極冷静だった。

 しかし先程までその場に漂っていた柔らかい空気は何処かへ吹き飛んでいってしまった。


 ぎょろぎょろとよしおの目がその場の全員を走査する。


 晃

 雨子

 啓

 そして他の者達


 それは敵か敵以外か。

 敵となるならその危険度はどれ程か。

 それらを量る目だった。


 この世界の誰もが、自分を騙そうとしている、罠にかけようとしている…そんな危険もありうる、と本気で考えている臆病で被害妄想に塗れた狂人の目だ。


 よしおはこの時、巫祓千手が晃を使って自身を罠にはめた可能性を真剣に検討としていた。

 よしおを消耗させた上で、そして…という可能性。先ずありえない可能性を考えている。


「す、鈴木さん!違います、私達は」


 にわかに剣呑な気配を帯びてきた空気を察知した雨子はあわててよしおに話しかける。


「動くな」


 しかしよしおの眼を見た雨子はそれ以上動く事ができなくなってしまった。

 それは晃も、啓も、他の者達も同様だ。


 殺気とまではいかないが、非常に不穏な気配が不可視の鎖となってその場の者達全てを縛鎖した。

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