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遠くで俺を呼ぶ声がする、まだ起きたくないのに――妙に体が重くて、まぶたを開けるのすら億劫だった。
「こら、半人前っ! いい加減に起きなさい。置いて帰るよ、このバカ者!」
「うっさいなぁ、放っておいてくれって」
「まったく! なにを言ってんの。ここをどこだと思って、その言葉が吐けるんだか」
――そうえいば俺、なにをしていたっけ……?
「あ……」
「はあぁ……やっと起きてくれた。手のかかる息子だこと」
母さんが呆れた顔して、俺を見下ろしていた。背中がやけに痛いと思って起き上がるとそこはベンチで、まだ外にいたことを今更ながら実感させられる。
「俺、自分の体に戻っていたんだ。母さんが戻してくれたのか?」
「いいや、自分で自動的に戻っていたよ。覚えてないの?」
「うん、まったく……そういえば博仁くんは?」
堕ちた霊を母さんが除霊したのまでは、しっかりと覚えているけど、その後のことはさっぱり分からない。
横たわっていた体をしっかりと起こして、ベンチに座り直したら、腕を組んで俺を見つめる母さん。その目がやけに真剣すぎて、怖いくらいだった。
「もしかして、母さんが除霊したのか!?」
キョロキョロ辺りを見渡しても博仁くんがいないのは一目瞭然で、イヤな予感しかしない。
「最初、あのコに頼まれたよ。除霊してくださいってね」
「そんな……なんで除霊なんて――」
「まぁまぁ、最後まで話を聞きなさい。結局除霊するにしても最期なんだから、一応本人の望みを聞いてみたんだ」
慌てふためく俺を慰めるように、母さんは手荒く頭を撫でてくれた。
「博仁くんの望み?」
俺は彼からその望みを聞いていた――だからなんとかして、叶えてあげたいって思ったんだ。
「お前と一緒に、迷える霊たちを浄化していきたいってね」
優しく告げられた言葉に、胸がじわりと熱くなっていく。そんな熱を冷ますかのように、晩秋の風がふわっと頬を撫でて、吹き抜けていった。
「その願いを叶えるべく、一番身近なものに封印という形で、あの子を縛り付けてあげたよ。だけどちょっとばかり、小さいものへ封印しちゃったけどねぇ」
小さく笑って、それを指差した。
「えっ、これに?」
それは、俺の手に強く握り締められていた数珠だった。
「藤瑪瑙の石の中に、無理やりに入れてあげた。これからは常にお前と一緒にいられて、喜んでいるだろうさ」
「あのさ、博仁くんと話ができないのかな?」
常に一緒にいられることが嬉しくて、紫色の石をそっと撫でてやる。
「さぁねぇ。それはこれから、追々分かっていくんじゃない?」
「今まで以上に、この数珠を大事にするよ。ありがとう母さんっ!」
「そうやって張り切るのもいいけど、ほどほどにしておくれよ。今回みたいに尻拭いする、こっちの身にもなって欲しいくらいだわ。やれやれ……」
さっきの態度とは一変、苦虫を潰したような表情を浮かべて、さっさと俺を置いていくように歩いて行ってしまった。俺はヨロヨロしながら立ち上がり、必死に母さんの背中を追いかける。
「待ってって。途中でへばったら、どうしたらいいか」
「ああん? そんなの自力で、なんとかしなさい。こき使われまくったせいで、あたしゃもうくたびれたんだよ」
肩を竦めてさっさと帰る背中を見ながら、手にした数珠をぎゅっと握り締めた。
今まではひとりで対処していた浄化作業が、もしかしたら博仁くんとふたりでできるかもしれない喜びに、自然と笑みが浮かんでしまう。
「博仁くん、一緒に頑張ろうね」
コソッと話しかけてみたけど、反応はまったくなし――。
「う~ん。紫色の石はふたつあるけど、どっちに封じたのかな? ねぇ、母さん。博仁くんを封印した石って、どっち側のヤツ?」
「んなこた自分で察しなさい。半人前が!」
「なんだよ、もう……。鬼ババめ!」
ぶつくさ文句を言ってる俺の手の中で、片方の石が光り輝く濃い紫色になっていることを、俺は知る由もなかった。
【了】