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「おい、優斗っ?」
悲鳴に近い声を聞き、慌てて駆けつけようとした私の目の前を、優斗の光り輝いた霊体が、勝手に自分の体へ戻っていった。
戻った瞬間、その場に崩れるように倒れこむ。
「あのコなりに、フルパワーを使い果たしてしまった感じなんだろうねぇ」
ムダにデカい息子を抱き起こし、ずるずると引きずりながら、ベンチまで運んでやった。
「まったく……図体だけは、一人前なんだから」
自分よりも大柄な体を手荒にベンチに寝かせ、額から流れ落ちる汗を拭っていると、おずおずといった感じで現れた優斗のお友達。
「あの、優斗は大丈夫なんですか?」
「ああ、力を使い果たしただけだからね」
「さっき、優斗の霊体が光っていたのは?」
心配そうに優斗の顔を見つめながら訊ねることに対して、素直に答えようか一瞬だけ迷った。それを知ってしまったら、さっきみたいに優斗の力を我が物にすべく、とり憑いてしまうかもしれないから。
とり憑く前に、私がさっさと除霊をすればいいだけ――なのに躊躇してしまうのは、優斗がいるからなんだ。
自分の息子を助けてなにをしようとしていたのか、それが知りたいとも思った。
「ウチのご先祖様が、その昔あくどいことをして繁栄した一族で、そのせいで随分と呪われてしまってね。子孫である私らがその呪いを浄化すべく、頑張ることを科せられているってワケ。子孫の中でも優秀な霊能者には、もれなくご先祖様からご加護をいただけるんだけど、十数年に一度くらいしか、優秀な霊能者は現れなかったんだ」
「もしかして、その優秀な霊能者って」
「信じられないけど、この半人前が優秀らしいね。さっきの光り輝いていた姿が、その証拠さ。神威っていうんだよ」
師匠である父さんの話でしか聞いたことがない現象を目の当たりにして、未だに信じられなかった。
「……そうか、優斗。君は選ばれた人間だったんだね」
まるで自分のことのように喜びながら呟く彼に、なんて声をかけようかと言葉を選んでいたら。
「僕の役目は、もう終わりました。あとは優斗に託します。だからその……除霊してください」
地獄の業火を使ってしまった彼には、あの世への道を作ることができない。だから浄化ではなく、除霊となってしまうのだけれど――。
「来世への転生もできずに、永遠に地獄での修行……アンタはそれでいいの? 悔いは残っていないのかい?」
それが分かっていながら力を使ってしまった彼に、思わず憐れみの声をかけてしまった。間違いなく、霊能者としては失格だ。
だけど同じ霊能者として、声をかけずにはいられない。誤った力を使ってまで除霊をしていた彼に、なにかできることはないかと、つい探してしまった。
「悔い……はありますけど、それは僕のワガママですから」
「ワガママ、結構じゃないか。最期なんだよ、遠慮せずに言ってごらん」
最初に出逢ったときは、目に余るくらいに禍々しいオーラを放っていたコだったのに、今は弱々しい感じを漂わせているせいで、思わず優しい声掛けをしてしまった。
「僕はワガママなんて、言える立場ではないです」
「アンタは堕ちた霊と違って、自分を持ってる。感情も持っている。望みがあるのは当然でしょ? 未来がないからこそ今この場で、ワガママを言ってみたらどうだい」
肩をすくめながら告げると、大きな瞳から涙を流した。
「っ……ありがとう、ござい、ます。僕みたいなのに、優しくしていただいて」
「男でしょ、泣くんじゃないよ。アンタのような素直で可愛いコが息子だったら、私は随分と楽ができそうなのにね」
ふたり揃って、ベンチで横たわる優斗に視線を移した。
「僕の願いは――」
涙を拭いながらたどたどしく語ってくれる言葉に、何度も頷いてから左手に数珠をかける。
「その願い、是非ともきいてあげようじゃないの。後悔はしないね?」
「いいんですか!? 本当に?」
「ああ。その代わりといってはなんだけど、よろしく頼むね」
大きく頷いて両手を合わせた彼の姿をきちんと確認し、望み通りのことをしてあげたのだった。