母さんは大きく動き出した堕ちた霊に気がついて数珠をかけ直し、早口で呪文を唱えはじめる。
頑張ってる母さんに、心の中で礼を言ってふわりと飛び上がり、博仁くんの元に急ぐ。だけど結界から飛び出した俺に気がつき、堕ちた霊が音もなくたくさんの触手を差し向けた。
怖さを振り切りながら、黒い塊が体に巻きつく前に、大声で叫んでやった。
「散れっ!!」
次の瞬間、粉砕された塊が霧のようになって空中に消えていく。だが消えた傍から新たに生成された触手が、こちらに向かってやって来た。
「優斗っ、危ないっ!」
近づいてきた俺に気がつき、博仁くんが大声で叫ぶ。
「行く手を邪魔するなよ、んもぅ!!」
素早く体を回転させながら、わざと触手を巻き込んで一気に消し去りながら、博仁くんの傍に降り立った。
「優斗のその姿、どうしたんだ。いったい、なにがあった?」
俺の姿を見て驚く彼に両手を伸ばし、堕ちた霊の塊からズルズルと引っ張ってあげる。
「分からないっ……クソッ、あと少しなのに」
攻撃してくる触手を感知しつつ、蹴散らしながら博仁くんを引っ張っているので、動きをいちいち止めないと、なにもできなかった。
「優斗、その力を僕に少しだけ貰ってもいいか? 君はアイツの攻撃を阻止することに専念してくれ」
「分かった。でも少ししかあげられないと思う。そこまで力が残ってるとは思えないから」
俺の言葉を聞いた博仁くんは目を閉じて、掴んでいる手をぎゅっと握り締める。あたたかいなにかが、ゆっくりと彼に流れ込んでいく感覚が伝わっていった。
「よしっ! 手を離しても大丈夫だ。自力で脱出する」
その言葉を聞き、手を離してやって来る触手を倒していく。粉砕しながら横目で博仁くんを見たら、足にまとわりついてる堕ちた霊の塊を、聞いたことのない呪文を告げて、ドロドロにしていた。
「よしっ、脱出成功だ。優斗!」
立ち上がって、ばしばしと嬉しそうに俺の肩を叩いてくれる。
「でかしたよふたりとも!! 下がってちょうだい。一気に消し飛ばしてみせるから」
博仁くんの言葉を聞いて、母さんが大きな声で言い放ったので、急いでその場を離れた。
「やっぱり、優斗のお母さんはすごいね。僕がいたから遠慮して、力を制御していたんだよ。一緒に消し去ることだってできたのに」
「博仁くん……」
「君にも君のお母さんにも、たくさん迷惑かけてしまって、本当に済まなかったと思う。ごめん、優斗」
まるで消えてしまいそうな笑みを浮かべて、俺に謝ってくれる博仁くんの背後が、ぶわっと光り輝く。堕ちた霊が粉砕された瞬間だった。あんなに黒くてドロドロしていた霊だったのに、除霊されるときはすっごくキレイなものなんだな。
「僕もああやって、除霊されなきゃ……」
「えっ!? どうして」
除霊されなきゃならないんだよって言おうとしたのに、目の前が真っ白な世界に覆われていった。
「あ、あれ?」
なにも見えない――公園の景色や目の前にいる博仁くんも、母さんもなにもかも……。
「おい、優斗っ?」
遠くで俺を呼ぶ声を聞きながら、重たくなっていく体を感じて、ふっと意識を飛ばしたのだった。