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半人前霊能者シリーズ ② 紡がれる力 第2章:導きの乞え2

***


「何はともあれ、上手い具合にコトが進んで一安心だよ、はあぁ……」


 2日間の学祭が無事に終了した。後片付けをやっておくからと、クラスを追い出されたのはいいけど、これからどうしたもんかなぁ?


 校舎の外から他の生徒がせわしなく動くさまを、邪魔にならないところからぼんやりと見ていた。


「あ、メガネをかけてくるの忘れた。まぁいいか……。これだけ騒がしいと、霊もどこかに隠れてしまうだろう」


 身の置き場がなくて、そこを立ち去ろうとしたそのとき――。


『お前がほしい……こっちに来い……』


 少しだけ掠れたような、男の声が耳に入ってきた。


「おいおい、男に欲しがられても、すっげぇ困るんですけど。――って言ってる場合じゃないか」


 キョロキョロ辺りを見渡して、霊が放っているであろうエネルギーを探してみる。


「う~ん。ヤバそうな感じが、弓道部の部室辺りからだだ漏れしてる?」


 イヤだなぁと思いながら歩いて行くと、声がどんどん大きくなってきた。


『こっちだ……。僕を解放してくれ――』


 解放してくれって、地縛霊の類かな? 解放できなかったら、母さんをここに連れて来るしかない。縛られているモノを中途半端に引き離したりしたら、今度は俺が縛られることが目に見える。


「ちゃんとした力さえあればなぁ。マジで口惜しい」


 霊がいるであろう場所に到達したとき、弓道部の部室近くにそびえている木が、風もないのにキリキリと音を立てた。


「どなたか、いらっしゃるのですか~?」


 我ながら毎度の如く、霊とのコンタクトの仕方が分からないという。いきなり挨拶からするのも、可笑しいだろうし。


 漂ってくる霊からの強いエネルギーを感じながら、音をたてている木に近づくと――。


(やぁ! 来てくれて嬉しいよ)


 同じ制服を着た男子学生が、真っ赤な鎖で木に縛りつけられていた。


 なんでこんなふうに、こんな場所へ縛りつけられたんだろう? まるで悪いことをしたから、食い込むくらいにキツく繋ぎとめられているみたいに見える。


 恐々と顔を近づけて、鎖をしげしげ眺めていたら、突然笑い出す男子学生の幽霊。


(君、すごい力を持っているね。ぜひとも今すぐにその力を使って、この鎖を断ち切ってほしいんだけど。)


「今すぐにって言われても……」


 右手親指と人差し指を使って、恐るおそる鎖を摘んでみた。赤く光り輝くそれは温度をまったく感じさせなかったけど、見た目以上に頑丈そうだった。


(僕の名前は、風見博仁(かざみ ひろひと) 君は?)


 自分から積極的に名乗ってくれる幽霊なんて、実ははじめて。違和感ありまくりだな。


「……俺は三神優斗です。あのさっき言ってた、お前がほしいって、いったい……?」


(ああ、それね。よくここに来る男子生徒が、男同士でイチャイチャしてるものだから。そう言えば、やって来るかなぁと思ってさ)


 ――思われても困る。しかも、のこのこ現れた俺って……。


「俺は、可愛くて優しい女子が好きです! ここに来たのはたまたまっていうか、君の気配を感じたから来たっていうか」


(君は僕と同じ、サイキッカーなの?)


 その言葉に眉根を寄せた。もしかしてコイツ、弄っちゃいけない霊と対峙して見事に失敗し、ここに縛りつけられたんじゃないだろうか?


(その赤い瞳といい、光り輝くようなオーラといい。まるで純粋培養されたサイキッカーみたいだ)


「純粋培養って、そんな……」


 母さんからは質のいい浄霊をしなさいと、言いつけられているだけなのに。


(僕をめでたく解放してくれたら、面白いものをみせてあげられるよ。どうだい? 君の力を使って、これを解いてくれ)


 ゆさゆさと体を揺すって外してくれとアピールしてくれるが、俺にコレを外す力はあるのだろうか?


(難しい顔をしないで、やってみなよ。まずは鎖を両手で掴んでみる)


 言われた通り、渋々といった感じで掴んでみた。


(次に目を閉じて、一心に念じるんだ。鎖が千切れるように。バラバラに砕け散るイメージでもいい)


 母さんよりも分かりやすい指導に頷きながら、心の中で念じてみる。


「砕け散る……。鎖がキレイに砕け散って、なくなってしまう」


 持っていた鎖がフニャっと柔らかくなった手ごたえを感じ、目を開けてそれを見てみた。


(ああ……。君のもつ力が膨大すぎて、制御できないのか。凄いな……。そのまま左右に引っ張ってごらん)


 飴細工のように柔らなくなった鎖がびろーんと伸びるなり、力なく千切れる。自分がイメージした通りにならなくて、正直不満だった。


(……やっと自由になった。はーっ、空気が美味しい)


 鎖から解放された幽霊は、呑気に大きな伸びをした。


「あのぅ……」


「博仁って呼んで。僕も君のことを優斗って呼ぶからさ」


 自分よりも背の高い幽霊に見下ろされ、ひーっとビビリながら一歩退いた。


「僕が怖いの優斗? 眩しいくらいに、光り輝くオーラを身に纏っているのに」


「ひっ、博仁くんはなにが望みなのかな? それを叶えて、あの世の道を開いてあげるよ!」


 いい知れぬ恐怖に、体が竦んでしまう。やっぱり鎖を解かなければよかったと、後悔しても遅いのだが――。


「へぇ、叶えてくれるんだ、それは嬉しいな。そういう浄霊をしているから、優斗は清らかなんだね」


 言いながら目の前に、てのひらをかざしてくる。途端に息が詰まる感覚に襲われた。


「くっ……な、なにを……や――」


「さっき言ったろう。僕もサイキッカーなんだ。霊体になってもその力が使えるなんて、ラッキーだよ本当に」


 嬉しそうに微笑んだと思ったら、博仁くんの霊体が俺を抱きしめて、体の中に溶け込むように入り込んだ。


 以前、浄化するために女子高生の霊体を入れたことはあったけど、こんなふうに強引に入り込まれるのは、初めての経験だった。


「やめろ……ダメだったら! これは俺の体だ!」


 乗っ取られるワケにはいかない。拒否らなきゃ。


 強く念じる傍から、ことごとくそれを凍らせるように、向こうから拒否られる。


 全身がふたつに分けられているみたいな、強い痛みが走りまくった。どうにも我慢できなくて、その場でのた打ち回るしかない。


(優斗、君が僕を否定するから、そんな痛みがあるんだよ。認めてごらん、楽になるから)


「イヤ、だ……こんなことしちゃ……俺が」


(大丈夫。僕は悪さなんてことをしない。それに、君に見せたいものがあるって言ったろ。実際に見てから、追い出すなり祓うなり判断してくれ)


 見せたいもの――?


(心を僕とひとつに……さぁ痛みがなくなっていくよ)


 あまりの苦しさに心を博仁くんに明け渡すと、一気に体が楽になっていった。


「ふぅ……。見せたいものってなに?」


 一息ついてからゆっくりと立ち上がり、体についた砂埃をぱしぱし掃いながら訊ねてみた。


(校内は君が浄化しているから、いい感じでクリーンだね。これから外に出られそう?)


「あ~……学祭の後片付けが終われば、大手を振って出られるけど」


(分かった。じゃあそれまで僕が獲物を捜しておく。半径300メートルくらいまでなら、意識を飛ばすことができるから)


 俺の隣にいる博仁くんが、ふっと笑う感じが伝わってきた。


「意識を飛ばす?」


(ああ。君はまだできないのか。もったいないな、凄い力を持っているのに)


 目の前に現れる霊の浄霊だけでいっぱいいっぱいで、意識を飛ばすなんて芸当を俺ができるとは思えない。


(なら、僕が教えてあげよう。この手を取ってごらん)


 なぜか目の前に先ほどまで俺の体の中に入っていた博仁くんが現れて、手を伸ばしてきた。


「うん……」


 恐るおそる右手を差し出すと、ぐいっと引っ張られる。だけど引っ張られたのは、俺の体じゃなく――。


「あれ!? どうなってんだ!?」


 自分の目に映っているのは自分自身の姿で、霊体の博仁くんが握っているのは俺の霊体の手だった。


(これが意識を飛ばすということだよ。どうだい、気持ちいいだろ?)


 腕を引っ張られたまま、空を飛んでる。すごい……景色が一気に眼下に見えた。


(さて、と。獲物はどこにいるかな?)


「もう少し向こうに行けば、いるかもしれない。小さいなにかを感じる」


(OK! 感度はいいようだね。行ってみようか)


 指を差した方角に向かって、ふたりで飛んで行く。すると交差点の傍に、小さい男のコの霊が佇んでいた。


(よしっと。いい獲物発見! 試すことができるかな?)


 言いながら、右手てのひらをその男のコに向かってかざす博仁くん。


(……やっぱりダメか。霊体だと、できることに限界があるんだな。一度戻ってから――)


「ねぇ、僕こんにちは。こんなところで、なにをしてるのかな?」


 男のコの目線に合わせてしゃがみ込み、頭を撫でてあげた。


『お気に入りの自転車を探していたの、お兄ちゃん知らない?』


「ちょっと待っててね。どれどれ?」


 自分が今、霊体だって言うことを忘れて、額に手をかざしていつものようにその心を読み取っていく。


 ――キレイな緑色の自転車――


 以前よりも大きな物を出せるようになっていたので、一生懸命に念じて、それをてのひらからイメージし、ひょいと出してあげた。


『お兄ちゃん、ありがと! これが僕の自転車だよ!』


「そうか、よかったね。それじゃあ君が逝く道を、これから作ってあげる」


 数珠はなかったけどなんとかなると思い、チャレンジしてみた。静かにゆっくりとだけど、俺たちの周りに霧が立ち込め、みるみるうちに濃くなっていき、やがて光り輝く道が現れた。


「この道を、自転車で渡って行くといいよ。気をつけてね」


『うん。ありがとお兄ちゃん!』


 元気に手を振ってからペダルを漕ぎ出して、あの世に渡っていく男のコ。そんな後姿に手を振り返してあげる。


 姿が見えなくなった途端に霧が晴れ渡り、現実世界に戻された。

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