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心霊ファイル:真心をこめたお見送り3

***


 無言で自宅の扉を開けると、居間から母親が血相を変えてすっ飛んで来た。


「お邪魔します」


 そんな母親を見て、香織さんは丁寧に頭を下げたのだが――。


「優斗、お前……失敗したのかい?」


 おっかない顔して、いきなり自分が使ってる数珠を取り出した。


「お母様、優斗くんは大丈夫だと言ってます」


「お、かあさま……?」


 激しく顔を引きつらせて、俺を見るその目の冷たいこと! 絶対に、よからぬことを考えているだろうな。


「お仏壇のある部屋は、こっちかしら?」


 靴を脱いでキレイに揃えてから、可愛らしく歩いて仏間に恐るおそる入って行く。これまでの言動について、自分にはどうにもできないので、そのまま黙っていた。


(――仏壇の蝋燭に火をつけて、線香を……)


「分かったわ。その後は、ポケットに入ってるお数珠を出せばいい?」


 俺の指示通りにてきぱきと動いてくれる香織さんを、母さんは背後から見守っていたようだった。


 姿勢を正してきちんと正座をし、数珠をかけて両手を合わせる。


 香織さんをきちんと、ここから送り出してやらなければならない。ここからが俺の正念場だ。質のいい浄霊を心を込めてしてあげようという気持ちで、きちんと心をまっさらにした。


 やがて目の前に、いつもの真っ白い霧が立ち込める。しばらくすると浮かび上がるように、香織さんが姿を現した。


『優斗くん、私のお願いをきいてくれてありがとう。絶対に忘れないよ』


 今まで見た中で、飛び切りの笑顔で彼女が微笑みかけてくれる。


「香織さん、俺……」


『ん?』


 君のその笑顔を見たときから、ずっと――。


 香織さんの笑顔を見た瞬間に、自分の想いに気がついてしまった。彼女の優しい心に触れて、なおさら気持ちが傾いてしまって。


「俺……俺も忘れないから。香織さんが弾いてくれたメロディと一緒に、ずっと覚えておくよ。だから――」


 鼻の奥がツンとする。胸の中が痛くて堪らない。


「いってらっしゃい。気をつけてね!」


 泣き出してしまわないように元気よく告げると、細長い右腕を何度か振り、肩までの髪をなびかせながら背を向けて逝ってしまった。少しだけ寂しげな微笑みを、口元に湛えて――。


 俺の涙が頬に伝ったのを機に、目の前の霧が一気に晴れていく。


「心のこもった浄霊、お疲れ様っ!」


 センチメンタルに浸りたいというのに、場の空気を壊すような母さんの声が聞こえた。


 急いで涙をゴシゴシと拭ってから、への字口を作って振り返ると、母さんは柱に寄りかかって腕を組みながら、優しい表情を浮かべていた。


「カッコよかったよ。泣かなきゃもっと、カッコよかったんだけど」


「うっせーな。放っておいてほしいのに」


「半人前の息子がちょっとだけ成長したんだ、褒めてやりたいじゃない。今夜は、お赤飯炊かないとね」


 それはそれは嬉しそうに言ってくれたのだが、なんかハズカシイ……。


「今度好きになるコは、どうか三次元にしておくれよ。幽霊連れて来て彼女だなんて言ったら、私は迷うことなく除霊しちゃうから」


 なぁんて言ったセリフが現実化するなんて、やっぱり母親の能力は侮れないのかもしれない。だって幽霊の女のコって、ピュアなコが多いんだ。しかも可愛いんだ!


「なにをやってんだい、お前は。それじゃあいつまで経っても、半人前のままだわ」


 呆れ返る母さんを尻目に、今日も心のこもった浄霊をする。半人前が一人前になるように――。


【了】

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