二階にある自室に引きこもり、香織さんの浄霊について、自分がしなければならない事柄をまとめてみようと考え、自由になんでも書くことのできるノートを一冊作るべく、なにも書いていないものを奥から引っ張り出した。
(――香織さんの最期の願い。彼女の想いを全部叶えてあげたい!)
まっさらなノートを開き、シャープペンシルを利き手で握りしめる。出逢ったときに言っていた彼女のセリフを、一生懸命に思い出した。
「確か……コンクールで弾く課題曲を、音楽室にあるピアノで練習をしていたんだったよな」
コンクールという文字を、なんとはなしにノートに書いてみる。練習していた曲を弾きたくて、あの場所に留まっていた香織さん。もしかしたらただ弾くだけじゃなく、それを誰かに聴いてもらいたいという想いが、もしかしたらあるのかもしれない。
「そうだよ、きっと。聴衆が必要なのかも……」
コンクールの文字の横に聴衆と書いてから、苦悩を示すように腕を組んでしまった。
ここで問題が発生する。これをするというのは、憑依された自分の姿を第三者に晒すことにつながってしまうから。霊能力があることを隠しているというのに、これじゃあテレビの見世物と同じことになる。
「う~ん、それだけは避けたいんだよな。憑依されて上手くコントロールができなかった場合を考えると、なにをしでかすか分からないワケだし――」
見るからにおとなしそうな香織さんが、俺の体を乗っ取ったのを機に、暴走する可能性がないだろうけど、正直なところ不安はまったくといっていいほど拭えなかった。
「だけどひとりでも多くの人に、彼女の弾くピアノを聴かせることができたら、きっとすっごく喜ぶんだろうな」
俺が出した小さいピアノを見て、嬉しそうに微笑んだ彼女の姿を思い出した。それよりも実際のピアノを使って、思う存分に課題曲を華麗に奏でたところを、誰かに聴いてもらったほうが、絶対に悔いが残らないだろう。
「俺ができることは、いったいなにか。う~ん、問題なくやれそうなこと――」
自分のできそうなことを考えながら試行錯誤を繰り返し、あれこれノートに書き込んでみる。それをもとに次の日、岡田と鈴木に声をかけてみた。
「おはよ。コンテストの写真、いいのが撮れたか?」
俺が登校すると、朝からふたりして顔を突き合わせながら、机の上に数枚の写真を広げていた。熱心に話しこんでいたタイミングで、うまく掴まえることができた。
「おはよ、三神。どれにするか絞り込み中さ。それよか昨日の写真の件、お前の母さんはなにか言ってた?」
「それがさ、ふたりにお願いがあって来たんだ。今日の放課後、ふたりそろって暇なのかなって」
俺の言葉に、ふたりが互いの視線を合わせた。かなり不安げな表情を浮かべている。
「なになに……俺らのお祓いをするために、お前の家に行かなきゃならないとか?」
怯えた顔して鈴木が言うと、岡田は顔を青ざめさせた。
「俺たちやっぱり、呪われてしまったのか?」
「そうじゃないって、安心しろよ。実はさあの幽霊、お前たちに自分が弾くピアノを、聴いてほしかったみたいなんだよ」
「えっ……?」
聴衆は、多い方がいいのかもしれない。けれどなにかあったときのために、多すぎてもいけないと考えた。だったらこの件に関わりのあるふたりなら大丈夫かなと考えつき、思いきって誘った。
「ふたりには放課後、音楽室でピアノを聴いてやってほしくて。きっと幽霊もピアノを聞いてもらったことに満足して、きちんと成仏してくれるだろうからさ」
俺はふたりに向かって、両手を合わせる。
「三神が幽霊を呼び出すんだろ? 本当に大丈夫なのか?」
うーんと考えながら岡田が呟いた。それに合わせて鈴木が頷く。
「なんだかなぁ。ちょっと、不安だったりする……」
「幽霊は俺の中に閉じ込めて、お前たちには絶対に、危害を加えないようにさせるから大丈夫。どうか俺を信じてほしい」
「ええっ!? 三神ってば、そんな力があるのか?」
まじまじとふたりに見つめられ、ちょっと照れくさかった。
「うん、なんか最近目覚めちゃってさ。だけどこのことは、どうしても内緒にしていてほしいんだ。困った幽霊の手助けをしてるだけだから」
後頭部を掻きながら苦笑いして言うと、岡田が肩を優しく叩いてきた。
「すげー、カッコイイよ三神。隠してるのが、もったいないと思うぞ!」
「人助けと言わないで、幽霊を助けるなぁんて言えるのが、三神らしいよな。そんなお前を信じるよ」
鈴木が右手を差し出してきたので握手すると、ぎゅっと握り返してエールを分けてくれた。
こうして俺はふたりを引き連れ、放課後音楽室に乗り込んだのである。