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心霊ファイル:修行の刻6

 バッタバッタと幽霊を浄化する自分の姿を想像し、口元を綻ばせながら外に出たのだが――。


「最近、自分の力量が分かってきている浄霊をしてると感心してる傍から、いきなりなにをやってんだか。まったく、呆れて物が言えないね」


 帰宅した俺を見て、あからさまな文句を言い出した母さん。残念なことに、反論できなかった。


「ひぃふぅみぃ……。それにしても、あちこちから拾って、歩いたみたいだね。自分の仕事をしながら後始末する私のことを、少しくらいは考えてちょうだい」


「ご、ごめんなさい」


 はじめの頃のように這いつくばることはなかったが、何体も憑けて動くのはやっぱりしんどかった。


「優斗お前、なにか勘違いしているんじゃないの?」


 母さんは仏壇の蝋燭に火を点けて、左手に数珠をかけてから、俺に視線を縫いつける。


「勘違い?」


「浄霊の数をこなせばこなした分だけ、早く力が身につく。なぁんて馬鹿なことを、単純な性格のお前だから考えついたりしたんだろね」


「……考えてた。違うのか?」


 渋い顔をして言ったら、母さんはうんざりした顔をしながら、両手で頭を抱える。


「いったい、誰に似たんだろう。お父さんも私も、単純な性格をしていないっていうのに」


「顔は、父さんに似て良かったと思ってるよ。じゃなきゃ、顔を隠して歩かなきゃ――」


「あぁん!? なんだって?」


 母さんは怖い顔で手に持っていた数珠を、俺の首にぐるぐると巻き付けた。


「ちょっ!? ごめっ……死ぬ死ぬっ!」


 実の息子を、あの世に送るつもりなのか!?


「こんな顔でも、イケメンの父さんは貰ってくれたんだよ。人は見た目より、中身なんだからね」


「ひ~っ、ごめんなさいっ」


 中身もかなり、問題アリだと思うんだけど――。


 なぁんてことを言った日にゃ、間違いなくあの世行きだろう。黙りこんで体を小さくし、その場に正座した。


「まずは、質の良い浄霊をすること。これが自分にとっても相手の霊に対しても、いいことだからね」


「質の良い浄霊って?」


 今までしてきた浄霊じゃあ、ダメなんだろうか?


「お前、がむしゃらに学校の勉強をして、すべて頭の中にいれることができるのかい?」


 浄霊の話からいきなり勉強の話に変換されて、うっと言葉に詰まった。日頃の勉強の態度についてのツッコミを、母さんは今まさにしようと企んでいるんだろうか?


「全部は無理だけど、それなりにはなんとかなってると思う」


「そのわりには、成績に結びついてないけどねぇ。それが数字で、結果となって表れているじゃない」


「……分ってる」


 ガックリと項垂れた俺に、カラカラ声をたてて笑ってくれる母さん。


「浄霊も同じさ。確かに数をこなせば経験値にはなるけど、私らはゴーストバスターじゃない。あの世に向かわなければならない霊魂を導き、しっかりと送り出してあげなきゃならない立場なんだからね」


 そして言葉にした質の良い浄霊を、俺が連れ帰ってきた幽霊達にしてあげるのを、ただ黙って見ていた。


 力も経験値もなにもかも足りない、自分がもどかしい……。悔しくて、下唇をぎゅっと噛み締める。


「なに、情けない顔してんの? 悩み事でもあるなら、この私がタダで相談にのってやるよ」


 言いたくはない。なぜなら自分の力で解決したかった。だけど今すぐに、俺の霊力が上がるとは到底思えない。だとしたら香織さんは俺が出したあの小さいピアノを使って、無駄な練習を延々とさせてしまうことになる。


「――今日音楽室で、女子高生の幽霊に逢ったんだ。彼女の願いは、ピアノを弾くことだったんだけど……」


 膝に置いてる拳を、ぎゅっと握りしめた。


「音楽室にあるピアノって、あれだろ。グランドピアノって、大きいのだっけ?」


「うん。それ……」


「お前が出すまでに、何年かかるだろうね」


 何年……?


 母さんの言葉に驚いて目を見開くと、目の前で額に右手を当てて、はーっと大きなため息をつく。


「なかなか口を割らなかったのも、そのコを連れ帰って来なかったのも、自分の手で送り出してやりたいと思ったからなんでしょう?」


「母さん……」


「まったく。親子そろって間が悪いもんだね」


「なにがだよ?」


 俺が口を尖らせて言うと、ますます呆れた顔をした。


「なんでもないよ。それよりもお前にもできる浄霊の方法は、あるにはある」


 母さんは俺に背中を向け、手にかけていた数珠を外して蝋燭の火を消し、後片付けをしながら口を開く。


「優斗の中に、彼女を入れてあげるのさ。言わば憑依っていうヤツ」


「ひ、憑依!?」


 思わず、すっとんきょうな声をあげてしまった。それって、すっごくレベルの高い技に思えるのに。


「バカだね、どうして怯えた顔してんの。まったく情けないコだったら、ありゃしない」


 あ~やだやだと言いながら立ち上がるなり、母さんは躊躇なく俺の頭を殴った。


「いてっ!」


「そのコを自分で送り出すんでしょ。しっかりしなさい」


 母さんは腰に手を当てて、俺を見下ろしながら笑いかけた。


「今のお前は対峙する幽霊に対して、強い拒否反応を起こしている状態なんだ。それを解けば簡単に憑依してもらえる。だけどね……」


「なに?」


「何度も言うけど、同情は禁物だよ。憑依されることによって、霊の思考がダイレクトに自分の心の中へ沁み込むように入ってくる。痛みも悲しみも全部。それを感じ取りながら、しっかりと己を保っていなければならないんだ」


 香織さんの心を感じとる――


「優斗、乗っ取られないように、うまくできそうかい?」


 それをやらなければ、彼女は音楽室で小さいピアノ相手に、中途半端なメロディを延々と奏でることになる。


「……やってみる。失敗したときは――」


「分ったよ。お前が戻らなければ、私が学校に顔を出せば済むことだからね。とりあえず頑張りな」


 母さんはさっきとは違う優しい手つきで、頭をぐちゃぐちゃと撫でてくれた。


「さて、と。できの悪い息子がどこまでやれるか、こりゃ見ものだねぇ」


 嬉しそうに呟いて部屋を出て行くその背中に、無言で頭を下げた。


 半人前の自分がどこまでできるのか。香織さんのために俺は、やるしかないと決意をしたのだった。

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