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心霊ファイル:修行の刻3

***


 霊能力に目覚めてから、気づけば1週間が経った。母さんにこっぴどく注意されてからは慎重に幽霊と対峙し、はじめの頃よりも、それなりに対処できるようになっていると思う。しかしながら内心ビビっている心情は、どうしても隠せない――。


 なにが困るかっていうと、最初になんて声をかけたらいいのかが分からなかった。リアルの人間関係で苦労したことがないのに、幽霊に対してコミュ障って笑うに笑えない。


 そして未だに自分の能力値が分からないため、無謀にも手に負えないモノを相手にして、見事に取り憑かれてしまうこと数回。その度に母さんに半人前だねぇとゲラゲラ笑われて、見下されることがどんなに屈辱的なことか……。


「見てろよ。今に、ぎゃふんと言わせてやるからな!」


 本当は友達と一緒に寄り道をしたかったが、一人前になるために我慢をして、家に真っ直ぐ帰るべく、今日も通学路を歩いていた。


(い……痛いよぅ、うっ……えーん……)


 どこからか霊の声が、風に乗って聞こえてきた。歩いてきた大通りの道を見渡しながらそっとメガネを外し、もう1度辺りを窺った。


 ――電信柱の傍に、大きな花束が置いてある。


 そこに向かって歩いて行き、さらに視野を広げると、横断歩道の真ん中で、傷だらけの小さな女のコがしゃがみ込んで泣いていた。


 信号が青に変わるのを待って、急いで横断歩道を渡る。しゃがみ込んでるそのコに、そっと手を伸ばしてやった。


「こんなトコにいたら危ないからね。あっちに行こうか」


(う、うん……わかった)


 小さな女のコは涙を拭って立ち上がり、俺の手をやんわりと掴む。それを確認してから、花束が置いてある電信柱までうまいこと誘導した。


「ちょっと待っててね。そのままでいてくれ」


 小さな女のコに向かい合うべく、しゃがんで手のひらを額に当てて、彼女の想いを読み取った。まずはこの痛みをとるべく、元の姿に戻してあげなくてはならない。


 元の可愛い姿に戻してあげる――。


 その想いを念に込めて目を閉じ、女のコの姿をイメージした。手のひらからあたたかいものが出るのを感じつつ目を開いてみると、傷だらけだった女のコが何事もなかった姿に戻っていた。


(わぁ、痛いのがなくなったよ。ありがと、お兄ちゃん)


「君はどうして、こんな所にいたんだい?」


 ここにいた理由は、きっとなにかに囚われていたから。俺はそのワケを知り、彼女の念を形にしなくちゃならない。だけど小さな女のコを元に戻した時点で、かなりの力を使ったような気がする。


 だけどなるべくなら、自分の残ってるすべての力を使って、きちんと浄化させてやりたい。


(あのね、ボールを持って公園に行こうとしてたの。そしたら大きな車がそこで、私にぶつかってきたんだ)


 小さな女のコは悲しそうな顔して、横断歩道の真ん中を指差す。


「そっか、それは大変だったね」


 ――どんなに辛いことでも、同情をしてはいけない。


 これは母さんに念を押されたセリフだった。なので言葉の表面だけでそれを受け取り、余計なことを考えないようにいつもしている。冷たい人間を演じるのも、正直疲れてしまうが致し方ない。


 小さな女のコの手を両手でそっと握りしめ、ここにいる理由を探してみた。心で読み取り、イメージしていく作業――。


「君が探しているのは、ん……青い大きなボール、かな?」


(そうだよ。どこかにいって、なくなっちゃったんだ)


「青くてえっと、真ん中にウサギの絵が描いてあるやつ?」


 自分よりも小さな手を離し、右手にイメージどおりのものを出すべく神経を集中させる。ボールのような単純な物なら出せそうな気がした。ウサギのプリントされた物――っと。


「むむっ……えいっ!」


 なんとかイメージできた青いボールを手のひらから出して、どうぞと言いながら、小さな女のコにそっと渡した。額からダラダラと汗が滴り落ちる。


(お兄ちゃん、ありがと)


「どーいたしまして。今から天国に逝く道を作るから、ちょっと待っててね」


 滴り落ちる汗を拭って、ふらふらになりながらも、なんとか数珠を握りしめ、天に続く道を作ってあげると、小さな女のコは大事そうにボールを抱えるなり、俺に向かって元気よく手を振りながら逝ってくれた。


 白い霧が晴れた瞬間、電信柱に体を預けて、息を切らしてしまうことに、情けなさを感じずにはいられない。


「少しずつだけど、手ごたえが分かってきた。たぶん進化してるってことだよな」


 はーっとため息をついてメガネをかけようとしたら、その手を誰かに掴まれた。


 ギョッとしながらその手の持ち主を視ると、井戸から出てくる某話題の物語とソックリな髪の長い女の幽霊が、にやぁと微笑みながら俺を見ていた。


(どうして今、このタイミングで現れた……それに、どうして全身が濡れているんだ!?)


 祓う力が残っていないので、残念ながらお持ち帰りするしかない。可愛い女のコなら、喜んで連れて帰るというのに――。


 よっこらせっとその幽霊を背負い、メガネをかけてヨロヨロした足取りで家に向かう。


 母さんがバカにして俺を見下す姿を考えると、気が重くてならなかった。

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