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心霊ファイル:修行の刻2

***


 ヨロヨロしながら、やっとのことで帰って来た俺を見た母さんは、玄関先で出迎えてくれた。目の前でお腹を抱えながら、これでもかと破顔する。


「おっかえり~! よく無事に帰ってこれたね。アハハハハハ!! 酷いザマ!」


「……ただいま。頼むから笑ってないで、早くなんとかしてくれ……。体が重い上に、吐き気のする頭痛がしまくりなんだけど」


「はいはい、そのまま仕事部屋においで」


 カバンをそこら辺に投げ捨てるなり、四つん這いになって、ひーひー言いながら仏壇の前に仰向けで横たわった。母さんはそんな俺を冷たい視線で見下ろしてから、蝋燭に火を点ける。


「自分がいかに無力なのか、これで思い知っただろう? それをちゃんと理解しないと、この仕事をはじめることができないからね」


 蝋燭の火で線香をつけると、部屋に独特な香りが漂った。嗅ぎ慣れたいつもの線香の香りじゃなく、どうしてラベンダーの香りなんだろう?


「自分の力量も分らずに手当たり次第無鉄砲に挑むから、そんな目に遭うんだよ。お前は霊が視えるだけで、数多くの浄化をおこなうことなんて、実際はできないんだからね」


「……じゃあ、どうすればよかったんだよ?」


「優斗はまだ目覚めたばかりで、向こうさんが要求してくる想いを、思ったように上手く形にはできない。こればっかりは修行あるのみ」


(――そうか、修行あるのみなんだ……)


「なんて顔してんだか。そのうち力がつけば、ちょっとずつ救えるようになる。焦らないでやっていきなさい」


 母さんは俺の頭をグチャグチャに撫でてから仏壇に向かい、念仏を唱え始める。すると、少しずつ体が軽くなっていった。やっぱすげぇなと、思わずにはいられない。


 体が軽くなったのを機に、母さんの仕事ぶりを視るべく起き上がり、メガネを外して、その姿をじっくりと拝ませてもらった。


 泣きながらすがり付いてくる幽霊や、なにか怒って喚いている幽霊などなど、バリエーション豊かな幽霊5体を相手に、慌てることなく見事に捌いていく。


(――なんでかな。普段の姿は鬼婆みたいなのに、こういうときだけは菩薩様みたいな顔してる……)


「やっぱり親子なんだね。私たちは」


 最後の幽霊を見送り、呟くように言った母さん。告げられた言葉の意味が分からず、崩していた足をきちんと正座にするなり首を傾げた。


「今のお前の姿は、私が目覚めたときと同じなんだよ。初めて視た幽霊が初恋の人でね。事故で急に亡くなったんだけど、自分が死んだことに気がついてなくて、彷徨っていたのさ」


「へえ……」


「それをもれなく、お持ち帰りしたってわけ。彼を背負って歩くのは、ものすごく重かったっけ。壁伝いにやっと帰ってきて、おじいちゃんの前に倒れ込んだんだ」


 さっきのお前のようにねと言いながら、どこか呆れた顔して静かに笑う。


「母さんに比べて俺ってば、5体も持ち帰ることができたのは、実際すごいんじゃないの?」


 なんだか切ない話すぎて、無駄にはしゃいでしまった。


「ああ、すごいすごい。そういうのをバカぢからっていうんだよ」


 ジト目をして見つめる母さんの視線が、冷凍庫並みに冷たい。絶対バカにしまくってるに違いない。


「その後おじいちゃんの力を借りて、きちんと浄霊して見送ったけど、辛かったねぇ本当に。思い出すだけでも涙が――」


「鬼婆の目から涙が出ても、全然綺麗じゃないし。って、痛っ!」


 容赦なくぐーで殴られた頭。目から星がばちばちっと出た。


「ふざけるのもいい加減にしなさい。人が大事な話をしてやってるのになんだい、その態度は。よく聞きな、幽霊に対して情けは必要ないんからね」


 立ち上がって俺を見下ろす母さんの姿は、まんま鬼婆そのもの。迫力が半端なかった。


「優斗、今はおっかなびっくりしながら幽霊と対峙してるだろうけど、その内に慣れてくる。慣れてきたときにその余裕が、アンタの命取りになるんだよ。死にたくなきゃ、ちゃんと私のいうことを聞きなさい」


「分かったよ、分かったから! 母さんの言うことを真面目に聞いて、修行に励みます!!」


(その足で蹴られる前に、とっとと退散……)


 コソッと心の中で呟き、駆け足で自室に逃げ込んだ。メガネを机に上に置いた瞬間に、忘れ物があることに気づいてしまった。


「あ、カバン。玄関に置きっぱなしだった。あとで取りに行かなきゃ」


 宿題があるので、結局は取りに行かなくてはならない。めんどくせーと思いながら、ネクタイを緩めてクローゼットを開けた。


「○×△☆♯♭●□▲★※!」


 目の前にあるものを視て、思わず悲鳴らしきものをあげる。クローゼットの中にあるべき物じゃないモノが、にたぁと気持ち悪い微笑みを浮かべて、こっちをじっと見ていた。


(……これを……褒美に、やろう……)


 その言葉に、首を激しく横に振りまくった。だって、だってぇ――。


「褒美なんていりませんっ! お願いだから出て行ってくれよぉ……」


 自分の頭を持った血まみれの落ち武者が、貰ってくれと差し出してくる。しかもなんで、俺のところに現れるのやら。


 かくてカバンを取りに玄関に戻るよりも、母さんに泣きつく方が早かったなんて、情けないし恥ずかしくて誰にも言えない。


(後日この落ち武者は、母さんが用意したモノであることが判明。いつ如何なるときでも、油断するなという戒めだってさ)

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