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心霊ファイル:プロローグ~目覚めの刻~2

***


 三神心霊相談所――やって来た依頼者が入りやすいように、玄関のすぐ傍に母さんの仕事部屋がある。


 霊媒師という仕事中、悪霊に取り憑かれた父親を助けた母親。それがきっかけで何故かお互い好意を抱き、結婚することになったという奇跡的な出会いから、俺が生まれたのだが――母親の霊媒体質がうつるなんて、思いもよらなかった。


 二階から仕事部屋になっている仏間に連れられた俺。母さんは仏壇の引き出しから手鏡を取り出し、見てご覧と俺に手渡した。


「うわっ、なんだよこの目の色は!?」


 血のような赤い色をした自分の黒目。どこからどう見たって、明らかに異常だった。


「まってくれよ。こんな目をして学校に行ったら、格好つけてコンタクトでもつけてるのかよって、間違いなくクラスメイトからツッコミ入れられる。どうしよう……」


「安心しなさい。これをかければ、大丈夫だから」


 母さんは同じ引き出しから、茶色縁のメガネを取り出して、ひょいと俺に手渡す。


(これをかければ大丈夫って、こんな普通のメガネでこの赤目を誤魔化せるのか?)


 すちゃっと装着し、恐るおそる鏡を見てみるとあら不思議。


「いつもの俺の目になってる……。なんかよく分からないけど、すげぇな」


 しかもこのメガネで母親を見たら、背中に乗ってる血まみれ幽霊の姿も視えなかった。


「気がついてるだろうけど、そのメガネのレンズが上手いことフィルターになってるんだよ。お前の持つ力をいい感じで抑え込んでくれるというワケ。私が毎日、願掛けして作り出した物だからね」


 毎日願掛けしてって――。


「それって俺がこういうふうになるのを、母さんは予測していたってことなのか!?」


「そういうこと。ご先祖様の血をしっかり受け継いでいる以上は、どうしたって逃れられない運命なんだから、いた仕方あるまい」


 母さんは俺に背を向けて仏壇に対峙すると、蝋燭に火を点し、数珠をつけて手を合わせる。


「優斗、メガネを外して、ちょっと見ていなさい」


 また血まみれの幽霊を見なきゃならないと思ったら、正直なところ気は重かったけれど、母さんに命令されたからには逆らえない。渋々メガネを外して目の前を見た。


 仏壇を前にして、血まみれの幽霊と母親は向かい合い、無言で見つめ合っている状態だったのだが――。


「すっげ……まともな人型幽霊になってる」


 さっきまでは悲惨な姿だったのに、そこら辺にいる普通の人になっていた。その人型幽霊のオデコ部分に手を当てて、目をつぶる母さん。


 しばらくしてその手を外したら、てのひらから光り輝く丸い物体がふわりと浮かんできた。丸い物体は徐々に大きくなりながら回転し、光を増すとともに形を変えていき、やがて真っ赤なヒールになる。


「お探し物は、これだったんですね。これを履いたら安心して、あの世へ逝けますよ」


 母さんが笑顔でどうぞと手渡すと、人型幽霊は喜んでそれを履き、履き心地を確かめるように、その場でカツカツと音を鳴らした。


 とても嬉しそうな表情を浮かべている人型幽霊を、母さんは笑顔を消し去り真顔で見やると、今度は仏壇に向かって手を合わせる。少ししたら、どこからともなく真っ白い霧が現れて、俺たちを包み込むように目の前を包み込んだ。


 目を凝らしてよぉく見ると、霧の中央に光り輝く真っ直ぐな線が現れた。


「いってらっしゃい。お気をつけて」


 母さんが言うと、人型幽霊はぺこりと丁寧にお辞儀をして、その線の上を滑るようにゆっくりと歩いて行く。次の瞬間には、霧がその姿を消すように一層濃くなって、辺り一面真っ白になったと思ったら、いつもの仏間に戻った。


「これが私がいつもやってる、浄化の仕方だよ。これからお前もやるんだからね」


「はい?」


(――浄化ってなに? 除霊となにが違うんだ?)


 ぽかんとした俺の顔を見て、母さんはどこか呆れたように深いため息をつくと、至極真剣な表情で話し出した。


「お父さんのご先祖様にあたる三神の方じゃなく、私のご先祖様になる衣笠(きぬがさ)の方なんだけどね。大昔にあくどいことをして繁栄した、いわくつきの一族なんだよ」


「あくどいことって、詐欺とか人を騙して儲けたり?」


 何度も目を瞬かせながら母さんに訊ねたら、気難しそうに眉間に皺を寄せて語る。


「いいや……。強盗に窃盗、暗殺の依頼があれば平気で殺しを請け負ったり、そういう裏家業を生業としていたみたい。人の不幸の上で生活をしていたツケが、その内に回ってきてね」


 何故か俺に向かって数珠を合わせて、南無南無と拝みだす母さん。


「そのうち跡取りが生まれなかったり、うまく育たなくなったそう。妾を何人も作って子を生ませても、幼い年齢で死んでしまったりしてね。そこで主は悟ったらしい。きっと呪われてしまったんだと――」


「……人を殺しておいて、自分が幸せに暮らせるワケがない。当然の報いじゃないのか?」


 そんなことをしていた先祖の血が自分の中に流れていると思ったら、複雑な心境に陥った。


「そこで主は有名な霊媒師の元を訪れて、自分にかけられている呪いを解いてもらうことにしたんだ。しかし人に手をかけすぎた責任は、予想以上に大きかったそうだよ。呪いの力が凄過ぎて、これは無理だと判断した霊媒師は、主にこう言ったんだ」


(――無理だと判断された主は、きっとこのとき覚悟を決めたんだろうな)


 言葉を一旦切った母さんは、俺の顔をじっと見つめてから口を開く。


「『今後、今の家業から綺麗さっぱり足を洗い、あの世に仕える霊媒師となって、人のためになることに精進しなさい』だそうだよ」


 母さんの仕事を垣間見ている俺としては、その判断を未だに続けている現状に顔を歪ませた。


「つまり雪だるま式に増えた呪いを、長い年月をかけて祓っていけということになるわけなんだな。もしかしてその呪いの一部が、この赤い目になるのか?」


「ご名答! よくわかったね」


 呪われた一族に降りかかる、とても残念な印ってワケなんだな。……ってあれ?


「どうして母さんは、赤い目をしてないんだよ。呪いが解けたのか?」


 その分、自分に責任がかかってくる気がすっげぇする。


「私くらいの技を使えるようになると、コントロールができるんだって。お前はまだ修行の身だから、そのままなんだよ」


 母さんは言い終えた後に、目を閉じて5秒くらいしてから開くと、俺と同じような赤い目をした顔を露わにした。


「俺もそれやりたいっ! どうやってやるんだよ?」


「言ったでしょう、修行をしなきゃならないって。これから頑張りなさい」


 そう言うと仏壇の引き出しから見慣れぬ数珠を取り出し、俺の手にぎゅっと押しつけるように手渡した。


「これは? もしかしてメガネと一緒に、用意してくれた物なのか?」


 目の前に掲げて、それをじっと観察してみる。大きくて透明感のある紫色の石が2つ。それを護る様に黒い石が連なっていた。


「それはね、おじいちゃんが優斗に使ってくれって、わざわざ言い残した形見の物なんだよ」


「おじいちゃんって、母さんのお父さん?」


 父さんの両親は健在なので、聞くまでもない。母さんの両親については、俺が小さいときに亡くなっていたので、一度も逢ったことがなかった。


「お前は一度だけ、霊能力を目覚めさせたときがあったんだよ。あれは確か……4歳だったかな。幼稚園から帰ってきて、友達の家に遊びに行くって出て行ったのに、直ぐに戻ってきたんだ」


 母さんは懐かしむような表情で目をつぶり、口元に小さな笑みを浮かべながら語っていく。


 その笑みは、過去の話を思い出しているからか楽しそうなのに、どこか寂しそうな雰囲気に見えるのは、このあと語ってくれた話が原因だった。


 俺は手渡された数珠を両手で握りしめ、聞き逃さないようにしっかりと話に耳を傾ける。


「『ただいまぁお母さん。おじいちゃんが遊びに来たよ』って、お前が玄関で大きな声を出して、私を呼びつけてね。びっくりして居間からすっ飛んで行ったの。なんてたっておじいちゃんは、九州の病院で入院中だったのに、いきなりどうしたんだって、あのときは頭が混乱したなぁ」


「入院中って、重い病気だったのか?」


「うん。全身をガンに冒されていて、まともに動ける状態じゃなかったよ。余命宣告をされていてね。お前を連れて何度かお見舞いに行って、顔を出してはいたんだ。おじいちゃんは初孫だった優斗を、えらく可愛がっていたよ」


 小さいときのことだからか――残念ながら自分には記憶が全くない。おじいちゃんの顔すら思い出せない。


「目の前にいる元気な顔をした、自分の父親の姿にも驚いたけど、小さなお前が今と同じく、赤い目をしていたのにも驚かされたっけ。幼い我が子に、いったいなにが起こったんだって、絶句したものさ」


「もしかして、それって……」


「ああ。おじいちゃんは最期の力を使って、お前に逢いに来た。どうしても、自分の言葉で伝えたかったんだろうね。そのお数珠を、優斗に使って欲しかったことを」


 閉じていた目をゆっくりと開いて、手元に握られている数珠に視線をやる母さんの眼差しが、いつもより優しげに見えた。


「そこの玄関先で言ったんだ、優斗の手を握りしめながらね。『こんコの力が目覚めたときに、オイラが使ってた数珠を渡してくれ。どんげ困難があんか分からんけんども、きっと数珠がすべて教えて導いてくれるから』って。宮崎訛りで、ハッキリと言ってくれたよ」


「この数珠がすべてを教えて、導いてくれる……」


 おじいちゃんが最期の力を使って、わざわざ俺が使うように残してくれた大事な物――。


「その紫色をした石は藤雲石(とううんせき)というものなんだけど、アメジストの一種なんだ。中に雲の様な模様が入っているから、藤雲石と呼ばれているんだよ。黒い石は黒瑪瑙(くろめのう)と呼ばれてる。この二つの石の力がお前の軟弱な心の安定をもたらしつつ、強靭な精神を作ってくれるだろうね」


「俺に、これが使いこなせるかな?」


「それはお前次第かな。4歳のときは、おじいちゃんがアンタの力を勝手に引き出して逢いに来たから、なんとか封じることができたけど、今回は自力で目覚めちゃったからねぇ。私はめでたく、修行の手伝いをしなきゃいけないワケだけど」


 母さんは腕を組んで、再びはーっとため息をついた。明らかに面倒くさいと、渋い表情を浮かべている顔に書いてある。


「優斗、しばらくは学校が終わったら、真っ直ぐ家に帰っておいで。私の仕事を手伝いながら、力の使い方を学びなさい」


「ええっ!? そんな……」


 友達とダラダラ寄り道しながら、まったりと帰るのが楽しみなのに!


「メガネをかけていても、防ぎきれない霊力がお前の体からだだ漏れしてるんだよ。光り輝くお前を見つけたそこら辺にいる霊が、喜んでもれなくついて来るだろうから、気をつけて真っ直ぐ帰っておいで」


 それって、気をつけられないような気が満載じゃないか!


 母さんの言葉に絶句していると、目の前で菩薩様のような微笑を浮かべて、手元にある数珠を指差した。


「きちんとそれを肌身離さず持っていれば、おじいちゃんが護ってくれるから、きっと大丈夫」


 今の俺にとっては、ただの数珠にしか見えない物なのに、それがどうやって護ってくれるのやら。


 その後、いったん仮眠をとって眠い目をこすりながら起床。朝ご飯を食べたのちに制服を着て、一抹の不安を抱えながら数珠を胸ポケットに入れて、登校時間に学校へと向かったのだった。

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