俺の名前は三神優斗(みかみ ゆうと)私立高に通う高校2年生。
見た目の良さから、クラスの女子からはイケメン三神とモテはやされつつも周りの空気をちゃんと読み、まぁまぁとうまく嗜めてあげたり。ほかにも男友達とバカをやりながら、ごくごく普通の高校生活を送っていた。
昨日までは――。
「どうしてこんなことに、なってしまったのか……。すべては血のなせるワザって、いったい?」
鏡に映る自分の顔をよく見てみる。昨日とは明らかに違う眼差しに、ガックリとうなだれるしかない。
俺に変化が現れたのは午前3時過ぎ。まだ日が昇らない夜だか朝だか分からない、微妙な時間帯だった。
ベッドで就寝中に、体がぎゅっと固まったことで目が覚めた。ごく稀に起こる現象に、心底ウンザリする。
紐や鎖でがんじ絡めにされたような金縛りと、表現すればいいだろうか。メシの次に寝ることが好きな俺にとっては、安眠を邪魔されるのがすっげ~イヤなことだった。
しかし成長期ということで、骨と筋肉のバランスが上手く取れなくて、一時的に体がフリーズしてるだけだと、自分なりに納得するような判断をし、この日も金縛りが解けるまで、じっと耐え忍んでいた。
しかしながら今日に限って、一向に解放される気配がない。動かすことができるのは、何故かまぶたのみ。自分の手先すら動かせない状態は、さすがにキツかった。
(――まったく。めんどくさい体だな……)
仰向けのまま、ベッドに張り付けにされた憐れな姿を、ぼんやり想像したときだった。右足の甲を、冷たい手が触ってるのをばっちり感じた。
まぶたをぱちぱちしながら足先に神経を集中させると、今度は左足のふくらはぎを触られた。布団の中に入ってポカポカと温まっている足なので、触れている手の冷たさがハンパない。
(――おいおい、こんな夜中にどこの誰が好き好んで、布団に入ってきてるんだよ……)
どこも動かせないので抵抗することもできずに、されるがままの状態。やがて触ってきてる手と一緒に、身体の重みもずしりと伝わってくる。
柔らかくて重たくて、ひんやりとした冷たい身体。まるで氷の塊のようだった。あまりの冷たさに、背筋にぞくぞくっと悪寒が走る。
(――夏休みにテレビで特集されていたヤツに、同じようなシチュエーションあったな。じわじわと上ってくる、青白い顔をした……)
ソイツが布団の中から出てくるであろう瞬間、目を見開いてしっかり確認したのだが。
「ぎゃ~っ!! でっ、出てる出てるってばっ!!!」
目が合ったら金縛りが解けた。解けたのはいいのだけれど、テレビで見るような幽霊と明らかにその姿が違っていた。
青白い顔をした女の幽霊。それだけならまだガマンできる。
しかし俺が見たのは、頭から思いっきり中身が出ていて、それが血と一緒にぽたぽたと俺の体に滴り落ちつつ、身体のあちこちからも鮮血がほとばしっていて、見るに絶えない姿だった。
気絶したい感が満載なのに、しっかりと意識だけは妙にハッキリしちゃって、残念ながら逃げられそうにもない。
(私が……見えるの……?)
「見えてない見えてない! 頼むからあっち行って。隣の部屋に、もれなく導いてくれる人がいるから、そっちに行ってくれって!」
心の中で適当な念仏を唱えながら、壁に向かって必死に指を差し、あっち行けをアピールした。それなのに――。
(私の……話を聞……いて。お願……い)
「やめてくれぇ! 中身の出た顔を、こっちに近づけないでくれ! 俺のHPが減ってしまうだろぅ!」
避けようにも相手は透き通っているので、残念ながら手で押し退けようとしてもすり抜けるせいでもならない。
理不尽なのは透き通っている幽霊が、俺に触れられるということ。なんだか生気をこれでもかと、どんどん吸い取られているような気分になってくる。
(――この状態でずっといたら、このまま干からびて死んでしまうかもしれない。誰とも付き合うこともなく恋も知らず、このまま朽ち果ててしまうのか……)
「そんなのイヤに決まってんだろっ! 俺の青春を返せ!!」
無駄だと分かっていても、必死に拳で殴りつけてみる。幽霊の重みで動けないので、これ以外の攻撃法が見つからなかった。
じたばた体を動かして抵抗していると、隣の部屋から物音が聞こえた。これは多分、扉の開く音だと思われる。次の瞬間には俺の部屋の扉が、大きく開け放たれた。
「ちょっと、朝っぱらから騒々しいね。いったいなにをやってるのさ? ……おやお前、寝込みを襲われていたの」
鬼婆のような顔をした母さんが部屋に入ってくるなり、指を差して面白いと言わんばかりに、ゲラゲラと笑い出す。
「笑ってる暇があるなら、さっさとなんとかしてくれよ。今にも、死にそうなんだけど」
「なに、贅沢なことを言ってんの。男子高校生が半裸の女の人に襲われるなんて、なかなかないことじゃない。ついでに、夜の手ほどきでも教えてもらったら?」
(実の息子相手に、なんでこんな信じらんねぇことを、平然と言ってられるんだ、この母親……)
「母さんお願いします。普通の状態でいる半裸のお姉さんなら、喜んでお受けしますけど、頭の中身が出ている鮮血混じりの人とは、絶対に落ち着いて、ナニもできねぇってば」
涙ながらに訴えると、母さんはため息をついてから、なにか呪文みたいな言葉を告げて、その身に幽霊を引き寄せてくれた。
「優斗、一緒に下に来なさい。話があるから」
母さんは血まみれの幽霊を背中に乗せて、ものすごく面倒くさそうな表情を浮かべると、身を翻すように部屋を出て行く。
この後ここから、俺に試練の日々がはじまるとは思いもしなかった。