映っていたのは、真っ黒なパソコンの画面に映っていたのは僕の顔です。弔花を見て、ハナサワタカシに起きたであろうことを想像して、にんまりと笑っている僕の顔でした。自分はこんな顔だっただろうか、そんなふうに思ってしまうほど意地の悪い笑顔でした。
クリスマスの時までは大丈夫でした。【本家】のアカウントはちゃんと不気味だと思っていましたし、出品物が贈答用かもしれないと気づいた時はゾッとしましたが、言うなればそれだけの話で、それから半年間、メルカリを開くことなく済んでいました。ですがもやき氏、というかハナサワタカシを知ってからはダメでした。堂々と転売をして、悪びれもせず偽物を売って、人の迷惑を顧みずに不謹慎なことをして、ずっと思っていたんです。早くバチが当たれって。「感心しました」なんて書きましたが、そんなわけないじゃないですか。
どうやら僕も【本家】の商品を買っている人たちと同じみたいです。人の不幸を見ることが喜びになっているんです。他人が不幸になることで、相対的に自分が幸福になっているような気がする、そんな人間なんです。
でも。果たしてそれって悪いことなんですかね? 別に誰彼構わず不幸になって欲しいわけじゃないんですよ。ズルい奴とか悪い奴とか、そういった輩に然るべき罰が当たって欲しいだけ。そう思うことって当たり前というか、むしろ社会ってそうあるべきじゃないですか。
仕事でもいたんですよ。集積所のゴミが荒らされていた件です。カラス避けを付けたのに被害は抑えられなくて、不思議に思ってたら、実はカラスじゃなかったんです。なんだったと思います? 犬です。近所に住んでいる爺さんが飼っている犬。散歩の時に、毎回その犬が集積所を荒らしてたんです。器用にカラス避けのネットの下を潜って。で、その爺さん、犬を叱らないんですよ。散歩コースを変えることもしない。僕が何回か注意したのに全く反省してない。だから殺しました。あ、爺さんじゃないですよ? 爺さんを殺したら終わりじゃないですか。爺さんには生きてもらわないと。爺さんは生きていて、それでいて不幸になってもらって、それを見て僕が幸せになる。そういう理屈ですから。だから犬です。殺したのは犬。殺した瞬間は、なんていうんでしょうね。スッキリしました。
ガタン。
部屋のどこからか音がしました。何かが落ちるような音です。振り向くとクローゼットの前に積まれていた段ボールのうち、一番上に置いてあったものが落ちていました。昨日、ネットで注文していたキャンプ道具がまとめて届き、それをそのまま部屋の隅に積んでいたんです。近づいてみると、床に落ちた段ボールだけ封が開いていました。あれ? いつの間に開封したんだっけ? 手に取ってみると、表面に貼られた送り状の「送り主」、「住所」の欄が空欄でした。他の段ボールにはメーカーの名前と住所が書かれています。てっきりキャンプ用具だと思っていたのですが、どうやらこの段ボールだけ違っていたようです。ふと、僕はある引っ掛かりを覚えました。僕は、どこかで似たような展開を見なかっただろうか。少し考えた後、それがもやきチャンネルの配信だったことを思い出しました。そうです。彼の生配信でも似たようなことが起きていました。
――今日は俺のビジネスのやり方を説明します。これ、かなり価値のある情報だと思います
彼がそう言った時、ガタンと部屋の奥から物音がしていました。彼は、少しだけ気にした素ぶりを見せるも、すぐに話を再開します。
――あ、すいません。えっと、そうだ。俺がやっているビジネスの話ですよね
その時に……そうだ、パタパタパタと音がしたんです。もやき氏は気付いていませんでしたが、まるで子供が走り回るような
パタパタパタ
なにかが、僕の背後を通り過ぎました。子供のような、いや、もしかしたらもっと小さい何かです。それこそ、人形のような。僕は、振り返ることができず、クローゼットの前で固まっています。むしむしとした暑さのせいでしょうか。こめかみから一粒、汗がつたい、そして床に垂れました。
パタパタパタ
再び足音がします。床から根が生えたように、僕の体は硬直したままです。暑いはずなのに全身に鳥肌が立っていました。
パタパタパタ
1階のリビングから、妻の好きなバラエティ番組のエンディングテーマがうっすらと聞こえてきます。
パタパタパタ、パタパタパタ
彼女は今、夕食の準備をしているはずです。
パタパタパタ、パタパタパタ
そうだ。大声を出して妻を呼ぼう。
パタパタパタ、パタパタパタ
生唾を飲み込み、唇を湿らせます。
パタパタパタパタパタパタパタパタパタ
深く息を吸い、口を開いた次の瞬間
「メイちゃん」
耳元で老人の声がしました。
弾かれたように僕は部屋を飛び出しました。落ちるようにして階段を降り、リビングへと駆け込みます。
「え」
そこには誰もいませんでした。付けっぱなしのテレビ。湯気が出ている鍋。切られている最中の野菜。妻だけがその場からいません。あれ、あれあれあれ。頭が混乱し、心臓の音がやたらと大きく聞こえます。
その瞬間、フッと部屋の電気が切れました。
――当ブログの読者ならご存知だと思うが、何かが切れるのは凶兆である。
なんだっけ。そうだ。「サカイのキカイな世界の歩き方」の記事です。