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◯転売の話4

 翌日の昼休憩。食堂で昼食を食べている後輩を捕まえると、僕はもやき氏の動画を見せました。廃トンネルの出口で地蔵の首を蹴って笑っている動画、神社の本殿近くで放尿をしている動画、そして生配信で彼に起きていたいくつかの異変。全てを見せるには時間が足りなさそうだったので、要所要所をかいつまみながら。


「あと」


 メルカリを開き、【本家】の出品物の中にある「ハナサワタカシさん専用」の商品を見せます。それからもやき氏のSNSを。


「彼は指を切り、足の骨を折り、車に轢かれた」「そして【本家】は絆創膏、松葉杖、車椅子を出品している」「ただ、順番が変なんだ」「順番?」


 スマホに目をやりながら、後輩は眉を釣り上げました。


「【本家】の方が先に出品しているんだよ。彼が指を切るより前に絆創膏が出品されていて、彼が足の骨を折る前日に松葉杖が出品されてる」「……あ、ラジオの」「うん」


 とあるラジオの書き起こし。そこで話されていた手芸好きのA子さんは、【本家】の特徴と酷似したアカウントから材料を購入していました。そして、何度も取引をするうちに、相手はまるでA子さんに必要なものを先読みするように出品し始めたと書かれていた。


「これ、やっぱり祟りなのかな?」「というと?」「俺もよくわからないけど、彼、動画の中でお地蔵さんとか蹴ってたし、そういう祟りとかで変なことが起きてるんじゃないかって」「あー」 彼は、少し考える間を開け、


「たぶん、そういうのは大丈夫なんですよ」


 そう。答えました。


「大丈夫って言うのは」「そういう存在って、僕らが思っている以上に寛容なんですよ。【本家】っていうアカウントも、確かに変なんですけど、言ってしまえば変ってだけで、やっていることは親切じゃないですか。手芸の材料を探していたA子さんにも、怪我をしたもやきさんにも、必要なものを届けていた」「でも」


 実際にもやき氏は怪我をして、足を折り、車に撥ねられている。


「そうですね」「それに」


 生配信の最中、明らかに怪奇現象が彼に起きていた。


「はい、起きてました」「偶然とは思えない」「そうですね、彼には確かに何かが起きていたと思います」


 じゃあ、彼に不幸をもたらしていたのは。


「人ですよ。人の悪意。」


 彼の口が歪みます。彼は、こんな顔だったっけ。


「結局、【本家】が出品してる呪物だって、それ単体がやばいんじゃないんです。先輩が推測していた通り、あくまでも贈答用。誰かが誰かの不幸を願って送るから効果が出る。オンラインもオフラインも関係ない。人が誰かを憎み、嫉み、恨んだ想いが物を媒体にして届く。あ、ですからね」


 彼は僕のスマホを手に取ると、もやきちゃんねるが挙げていた動画の一つをタップしました。タイトルは「ファンからプレゼントが届きました」。


「ほら」


 彼がタップし、動画が再生されます。自室の床に座ってあぐらをかいているもやき氏。彼の手にはフェルト製の小さなクマのぬいぐるみがありました。 「見てください! ファンの方からのプレゼントです」。そう言って彼ははしゃいでいます。


「これって」「ええ」


 もやき氏は気づいていないようです。それが【本家】が出品していた商品だということに。


「あぁ。やっぱり購入済みだ」


 後輩は、いつのまにか自分のスマホでメルカリの画面を見ています。【本家】のアカウントが表示されていて、フェルト製の小さなクマのぬいぐるみは「売り切れ」となっていました。


「買ったのは多分、もやきさんに偽物をつかまされた人でしょうね」「それってつまり」


 いま知った情報を、僕は頭の中で整理します。


「彼に偽物を売りつけられた人が、ファンのふりをしても呪いの人形を送ったってこと?」「ええ。あ。もやきさんの配信、女性の声が入ってたんですよね?」


 うん。僕は頷きます。


「それが多分、送り主の声です。生き霊ってやつですよ」「生き霊……」「でもまあ」


 仕方ないんじゃないですかね。そう言って、彼は肩をすくめました。「人の恨みを弄ぶことほど、新たな恨みを買うものはないですから」


 それから一月が経ちました。 ひき逃げの投稿以降、ハナサワタカシ氏はSNSを更新していません。


 つい先日。本家のアカウントからは弔花が出品されていました。 もちろん「ハナサワタカシさん専用」という注釈と共に。

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