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僕が見立てた服を着た斎藤さんを、デパートの化粧品売り場で勤めている知り合いに逢わせて、着ている服に似合うメイクを施してもらった。
「斎藤さん、もとの顔はそこまで悪くないのに、日頃適当にメイクしているんだろうなって思ったから、今回はいろいろいい機会になったでしょうね」
さらっと流すように嫌味を言ったら、斎藤さんはいい感じに綺麗になった顔を歪ませて僕を睨む。
「いい機会って、私にこんなことをしても、まっつーにしたことについては、許していないんだからね!」
「加藤さんはどう思います? 斎藤さん、こんな感じで出勤していたら、社内でモテていると僕は思うんですが」
言い合いをする僕の後ろを歩く加藤さんに、ひょいと話題を提供してみた。
「確かにいつもより雰囲気が柔らかいから、近づきやすいとは思うけど、相変わらず隙がなさすぎて、モテるかと訊ねられても難しいとしか言えないかなぁ」
「加藤なにげに、私をディスってるんじゃないわよ!」
間髪おかずの斎藤さんのリアクションに、苦笑いを浮かべた。佐々木さん以上に恋に不器用な加藤さんの毒舌に、心底呆れ果ててしまう。
「俺は事実を言ったまでだって。怒ると皺が増えるぞ」
「本当におふたりは仲がいいですねぇ。同期だからじゃなく、なんだかいろいろありそうな感じに見えます」
ニヤニヤしながら斎藤さんを見下ろすと、殺意を込めたまなざしで僕を睨みつけたあとにチッと舌打ちする。
「いろいろあったら、とっくに付き合ってると思うけど?」
「だそうですよ、加藤さん。既成事実を作らなきゃはじまりませんって」
「ちょっと、なに加藤を焚きつけてんの。私が独り身だからって、憐れんでそんなこと言わないでよ」
斎藤さんが立ち止まって、僕に噛みつきかけたそのときだった。
「薫じゃないか!」
僕らの傍をすれ違いかけた人物が、斎藤さんに声をかけた。
「お兄ちゃん……」
斎藤さんがお兄ちゃんと指摘した人と彼女を見比べてみると、確かに似ているところが結構あって、兄妹なのが一目瞭然だった。僕は異父兄妹のせいか、妹とあまり似ていないので、ちょっとだけ斎藤兄妹が羨ましく思えた。
「おまえ、男をふたりも引き連れて、どこに行こうとしてるんだ? しかも、いつもと雰囲気が変わってる。すっごいかわいい」
(自分の妹をすっごいかわいいなんて言えるとは、これはもうシスコン決定じゃないか。彼女に彼氏ができない理由のひとつになりそう……)
「お兄ちゃんは会社帰り?」
僕が平静を装っている間に、兄妹の会話が展開されていく。
「ああ、おまえは?」
「私も同じ。友達のオススメの店に、これから行くところなんだけど……」
斎藤さんが僕と加藤さんを友達と言ったことで、お兄さんの視線が注がれたのがわかった。
「本当に友達なのか?」
「へっ?」
「おまえが前に言ってた理想の男が、そこにいるもんだから」
お兄さんが指を差したのは僕で、斎藤さんはあからさまに顔を歪ませる。そんなに嫌がらなくてもいいのにと思いながら、相手の目に爽やかに映るであろう笑顔で斎藤さんを見つめた。
「お兄さん、申し訳ありません。僕は斎藤さんの友人のひとりなんです」
「それじゃあ後ろにいる彼は?」
「会社の同期で――」
この機を逃してなるものかと、斎藤さんよりも先に説明する。
「斎藤さんとこれからお付き合いするかもしれない、加藤さんです!」
「なに言ってんのよ。勝手に彼氏にされる、加藤がかわいそうじゃない!」
「かわいそうと言ってますが、加藤さん本人はそんなこと微塵にも思っていませんよ」
小さく笑って背後にいる加藤さんを見たら、真っ赤になってる顔を俯かせて、必死に隠している様子だった。加藤さんがみずから挨拶しないのなら、代わりに僕が言ってあげようと思い、片手を添えながら口添えする。
「お兄さん、斎藤さんの理想と違う彼ですが、とても優しくて頼りになる方なんです」
僕の紹介で興味を抱いたのか、斎藤さんのお兄さんは加藤さんをまじまじと見てから、ふたたび質問を投げかける。
「加藤さんは薫よりも強いのか?」
「えっ? それは――」
斎藤さんが言い淀んだので、すかさずフォローする。
「さっき彼らのやり取りを見ていましたが、腕力は斎藤さんが上ですけど、会話においては加藤さんが一枚上手と言ったところでした」
懇切丁寧に、斎藤さんと加藤さんのやり取りを説明した瞬間だった。加藤さんが僕の背後で俯かせていた顔をしっかり上げて、斎藤さんのお兄さんを見つめたあと、90度にキッチリ腰を曲げた。
「お兄さんの目から見て、綾瀬川さんよりも頼りない男に見えるかもしれませんが、彼女を想う気持ちは誰にも負けません!」
僕らの傍を通りがかった人が振り返る大きな声に、斎藤さんは周りの目を気にしたらしく、挙動不審なくらいにキョロキョロする。
(まったく。今は周りの目を気にしてる場合じゃないですけどね)
「斎藤さん、加藤さんが告白したけど、どうするんですか?」
「薫、加藤さんと付き合うのか?」
僕らの問いかけを聞いて、やっと我に返ったのか、斎藤さんは加藤さんを見つめる。