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僕はもう笑美さんと関わることができない。傷つけた彼女に直接謝罪することのできない現状は、情けなさを通り越してなんとも言えない気持ちだった。
「どーしてアンタに、洋服を恵んでもらわなきゃならないの?」
斎藤さんの服を選んでいる最中に投げかけられるセリフに、呆れながら答えてやる。
「これから行くところが、お洒落なバーだからに決まってるじゃないですか」
「だからなんでアンタなんかと、サシで飲まなきゃならないのよ?」
「加藤さんがいるんですから、サシじゃないでしょう?」
僕らの言い争いに巻き込まれないようにするためなのか、加藤さんは傍にあるパンツの生地を触れながら値札を眺めていた。
「斎藤さん、モデル並みの身長なのに、やぼったいその服はもったいないですよ。加藤さん、そう思いません?」
会話になんとか入ってもらうべく、加藤さんに訊ねた。顔をあげて僕を見てから斎藤さんに視線を移動し、まじまじと見ながら告げる。
「え? あ、うー。普段着ているものは、そこまで変じゃないと思いますが」
「だったら、加藤さんに選んでもらいます?」
訊ねた僕を、斎藤さんはしかめっ面で睨みつける。いちいち喧嘩を吹っかけてくる彼女を間近で見ているのに、加藤さんは至って冷静だった。
「俺はあんまりセンスがないので、綾瀬川さんが選んでください。元モデルの目で選んだほうが、斎藤がよく見えるでしょうし」
「よく見えるよりも、綺麗に仕上げてあげます。斎藤さん、ちょっとこれを持って試着室で着替えてみてください」
持っていた洋服の中から何点かピックアップして、斎藤さんの手に持たせた。すごく嫌そうに顔を歪ませて、持たせた洋服を見つめる斎藤さんに、加藤さんは優しげな微笑みを口元に湛えて語りかけた。
「斎藤の肌が映えそうな色を選んでると思う。大丈夫、試着してみるといいって」
ナイスな助言に、斎藤さんがすんなり試着室へ向かったことに、内心ほっとしていると。
「綾瀬川さんが羨ましいです。俺が選ばないような洋服を、斎藤に選ぶことができるなんて」
「こういうのは慣れですよ。通勤するときやウインドウショッピングするときに、どんなものが流行っているのかを観察すれば、目が養われます」
「羨ましいのは、それだけじゃないですけどね。ギョッとするような値札がついてるのに、平然と選ぶことができる経済力は、どうあがいたって無理です」
「それはそれで、相手から距離をとられるんです。それか僕のそういうところだけに惹かれて、付き合おうとするコがいますし。お互い、ないものねだりですね」
加藤さんとなぜだか自然に会話が弾んだ。斎藤さんが出てくるまでに、いろいろ話すことができて、少しだけ仲良くなれたのだった。