目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

恋の誘導尋問~恋に不器用なアイツから僕は彼女を略奪する~ 綾瀬川澄司編16

⭐︎⭐︎⭐︎


 昨日より幾分か左まぶたの腫れは引いたが、不恰好を晒すのが嫌だったので、仕方なく眼帯をつけて自社に顔を出した。しかも今日は笑美さんの会社で打ち合わせがあるので、行きにくくてしょうがない。


(笑美さん本人が出勤しているのかわからない上に、会社のエレベーターから降りて直接応接室に通されるはずだから、笑美さんの職場にわざわざ行かない限り、彼女と逢うこともない)


 そんなことが頭でわかっているはずなのに、笑美さんの会社に先輩と一緒に到着した途端に、胸がざわついてしまった。


「七光り、ちゃんと仕事しろよ。昨日だって休んでいるんだから、ここで挽回しないとおまえ、みんなからダメ人間の烙印押されるからな」


「わかってます……」


 ただでさえテンションが下がっているところになされる先輩からの𠮟責に、げんなりしながら応接室に入った。いつものように千田課長と加藤さんに顔を突き合わせながら、仕事の打ち合わせをしていると。


「し、失礼いたします……」


 見慣れない女子社員が、お茶を手に応接室に入ってきた。話し込む僕らの邪魔にならないように、テーブルにお茶を置いていく姿を、大好きな笑美さんに重ねて見てしまう。


(この女性のような余裕そうな表情じゃなく、ちょっとだけ不安げな顔でお茶を置いていく感じがとても可愛らしくて、ずっと見つめてしまったんだよな)


 仕事とはまったく関係のないことを考えてしまったせいで、話をしている千田課長の声がまったく耳に入らなくなってしまった。これではいけないと首を横に振って、目の前の書類に視線を落としたとき。


「斎藤、どうした? なにか用があるのか?」


 僕らにお茶を給仕した女子社員が立ち去らずに、なぜだか居座り続けていた。


「用があるのは、千田課長じゃありません。そこにいる綾瀬川にです」


 女子社員は僕に向かって指をさしてから、応接セットのテーブルの上に持っていたお盆を静かに置き、わざわざ僕の傍までやって来た。


「斎藤、取引先のお客様を呼び捨てにするなんて、大変失礼だぞ」


 千田課長が女子社員に向かって注意したというのに、それをスルーして僕を見下ろす。その視線から言い知れぬなにかを感じたので、立ち上がって女子社員の顔を見つめた。


「初対面の貴女が、僕に用ってなんですか?」


 僕とちょっとしか身長の変わらない女子社員の背の高さに驚きつつ、彼女からにじみ出る怒気に圧倒されかける。


「私、松尾笑美の友人なんです。昨日アンタがまっつーにやらかしたことが、どうしても許せないんだわ。歯を食いしばりなさい!」


 笑美さんの友人が大きく右手を振りかぶって、平手打ちするポーズをとった。叩かれることを僕が笑美さんにしているので、刃向かうことなく受けようと思い、ぎゅっと歯を食いしばる。


 視線の先にあった彼女のてのひらが拳に変わったのを捉えたが、退ける間もなく正拳突きで殴られた。女性が放ったと思えない重みのあるパンチで、武道経験者なのがわかった。


「斎藤っ、なにやってるんだおまえは!」


 千田課長の慌てふためく声が、応接室に響いた。取引先相手を呼び捨てにしただけじゃなく、いきなり殴打したことについて激昂しない上司は、どこにもいないだろう。


「千田課長も同罪なんですよ、そのことわかってます?」


 僕の頬から拳をすっと外すなり、脅すように両手の関節を鳴らしながら、笑美さんの友人が千田課長に近づく。


「ひっ!」


 聞くに堪えない声を出してソファにしがみつく千田課長の姿からは、いつもの威厳を感じとることができなかった。普段から威張っている人ほど、情けなさに拍車がかかること間違いなし!


「わかっているのかと、聞いているんですけど?」


 笑美さんの友人の声色だけじゃなく、背中から凄みが漂っていて、アウトレイジ系の映画に出ていても違和感なく役者をこなせるんだろうなと、変なことを考えついてしまった。


「わかわかわかっ!」


「佐々木先輩と付き合ってるのを知ってるくせに、綾瀬川を焚きつけた結果、強制わいせつという犯罪に結びついたんですからね!」


「七光り、おまえそんなことしたのかよ!?」


 隣にいる先輩が、わざわざ指を差して僕に問いかけた。するとその声に反応した笑美さんの友人が振り返り、僕らをまじまじと見る。


 真顔だからこそ、なにを考えているのかわからないゆえに、さらなる恐怖心を煽りまくった。


「貴方、綾瀬川のなんですか?」


「なんですかって、先輩だけど……」


「はぁあ? 先輩がどうして綾瀬川のことを、『七光り』呼ばわりするんですか?」


 問いかけながら、靴音をたてて座ってる先輩にゆっくり近づき、数秒間だけ見下ろしてから、スーツの襟を両手で掴んで逃げないようにした彼女の行動力に、思いっきり感心してしまった。


 自分の上司だけじゃなく、僕を含めた取引先にも恐喝行為をするなんて、普通じゃ考えられない。


「ひ~っ、みみみみんながそう呼んでいるので、俺も同じように呼んでる感じですぅ」


「そんなんだから綾瀬川がつけあがって、今回のようなことをするんだよ。先輩のくせに、そんなこともわからないの?」


 僕よりも細い二の腕で、先輩の体を揺さぶる。明らかになにかされそうな様子で、先輩は降参を示すように万歳をし、涙目で叫んだ。


「ずびまぜぇん! もうじまぜんっ! 殴らないでぐだざい~」


「綾瀬川っ!」


 先輩を人質にされた状態での名指しに、すぐさま反応しなければならない。


「なんでしょうか?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?