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恋の誘導尋問~恋に不器用なアイツから僕は彼女を略奪する~ 綾瀬川澄司編15

「笑美さんっ、笑美さん僕のそばにいて!」


 杏奈に強く踏みつけられた状態でも、体をよじりながら大声を出した。戻ってこないことがわかっていたけど、それでも叫ばずにはいられない。


「諦めなよ。彼女、あのメガネの人と付き合ってるんでしょ? 想い合ってるのが見ていてわかる。お兄ちゃんが入る隙間なんてないんだよ」


 僕の頭を踏みつける足の力が一瞬だけ抜けたけど、ふたたび容赦なく圧をかけられた。首からグギッと変な音が鳴る。


「それでも僕は笑美さんが好きなんだ。笑美さんが」


 首の痛みに耐えながら叫ぶと、僕の言葉を遮る感じで杏奈が怒鳴った。


「もういい大人なんだから、諦めることくらい覚えなよ。どうにもならないことがあるって言ってるでしょ」


「でも!」


「お母さんがその証拠じゃない。結局あの人のところに行っちゃったんだから」


 大好きな母親を話に出された時点で、僕の体から力が抜け落ちる。抵抗するのをやめたことが足裏から伝わったからか、頭から足が退けられた。


「お兄ちゃんの知らないこと、教えてあげようか」


「妹のくせに、僕の知らないことを知ってるってなんだよ?」


 床の上に仰向けで寝転がり、立ちつくす杏奈を睨みあげた。背中に腕を回されて手錠をしているので、正直なところ痛かったが、我儘を言ってられない。


「お兄ちゃん、お父さんの子どもじゃないよ」


「はあ? なに言ってるんだ。ちゃんとDNA鑑定して、親子だって認められてるのに」


 そのことはお父さんから話があったし、小学生のときに外人と虐められた際は、鑑定書を見せてもらって、ハーフだというのを確認していた。日本人の血が入ってる、外人じゃないと虐めたヤツを言い負かした経緯がある。


 そのことを思い出していたら、杏奈は僕の顔を眺めるなり、見ていられないというふうに顔をそむける。


「お母さんが研究所をお金で買収していて、先に手を打っていたとしたら?」


「本当なのか、それ……」


 杏奈を見つめて真実を見極めようとしても、逸らされたままの顔からわかるものはない。


「本人から直接聞いたことだよ。だからお兄ちゃんはハーフじゃない。見た目どおりの外国人」


 いつもより口数が少ない杏奈の態度は、次第に僕の言葉を奪っていく。


「もしかして僕の父親って――」


 その人の顔が脳裏に浮かび、一瞬で消えた。僕からお母さんを奪った人なんて、思い出したくもない。


「お母さんの元恋人で、現在は愛人になってる人。逢ったことあるでしょう?」


 ショックすぎて、すぐに答えることができなかった。


「お父さんの体裁を考えて、夫婦で過ごさなきゃいけないときは帰ってきているけど、ごくたまに、お母さんと一緒にいるのを街で見かけるんだよね。お兄ちゃん、ふたりの顔のいいとこ取りしてるなって、見る度に思うわ」


「あ、杏奈はその……」


 聞きたいことがなかなか口にすることができない僕を見、杏奈は吐き捨てるように告げる。


「残念ながら私は、お父さんと血の繋がりがあるよ。見てわかるでしょ」


「そうなんだ、へぇ」


 妹が突きつける現実に、まぶたを伏せてなにもない空虚を眺めた。そんなことをしても、穴のあいた心は満たされないし、尊敬しているお父さんと家族じゃない事実は、悲しさしかわかなかった。


「だからお兄ちゃんと私は異父兄妹。戸籍上は家族だけど、実際は違うじゃない。そのことをどうにかしようと思っても、できないわけでしょ?」


「そうだな……」


「手錠外してあげる。起き上がって」


 その言葉に、無言のまま体を捻って上半身を起こし、杏奈に背中を向けた。手際よく外してくれたおかげで、痛んでいる部分はなかったものの、強く踏んづけられていたせいで、左まぶたが少しだけ腫れている気がする。


「お兄ちゃん、これに懲りて、もう二度と人の嫌がることをしたり、無理強いして自分の思いどおりにしたら駄目だからね!」


 杏奈は手錠を持ったまま、部屋を出ていく。手錠を返してくれないのは、僕が暴走しないようにした配慮だろう。


 もう少しで手に入るはずだった笑美さんが、佐々木さんに奪われてしまった今、僕の心は空虚感に満たされてなにもなくなった。目に映る景色も全部グレーに染まり、まったくやる気が起きない。このまま会社を辞めてしまいたくなるが、そうもいかないだろう。


 だって戸籍上、僕は綾瀬川家の長男なんだから。

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