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恋の誘導尋問~恋に不器用なアイツから僕は彼女を略奪する~ 綾瀬川澄司編9

☆☆☆


(誰かに見られてる朝の視線は、もしかしたら間違いなかったのかもしれない――)


 そんなことを考えながら、真っ青になったまま固まる笑美さんと、見知らぬ男を交互に眺めた。


「弘明…なんで、なんでここに?」


 男の名を呼ぶ間柄――笑美さんの元彼がわざわざ僕らの前に現れてくれたことを知り、思わず笑いそうになった。


「やっと見つけた。置手紙を残して、出て行くなんて驚いたんだぞ。もう怖いことしないから、やり直そう?」


「や……」


 肩を竦めて体を小さくさせる笑美さんの前に、堂々と立ちはだかる。


「笑美さんの元彼さんですか? 残念ですけど、今は僕と付き合っているので、復縁は無理です。諦めてください」


「なんだと!?」


 頭の中で素早く電卓を叩き、支払い可能な数字を口にする。


「ただで諦めてとは言いません。一千万円でどうでしょうか?」


「は? 一千万?」


「そうです。僕が所有する株やそこにある車など財産をすべて売れば、それくらいの額を貴方にお支払いできるという話です」


「笑美がおまえみたいな金ヅル捕まえるとはな。喜んでその話――」


(この話、君が受けても受けなくても僕の勝ちなんだよ。残念だったね、元彼さん)


「受けるワケねぇだろ、バーカ! 黙って笑美を寄越せ!」


 男に罵られることには慣れっこなので、大きなため息をついて元彼さんを見下ろした。


「もう嫌だ……」


 背後にいる笑美さんが、震える声で呟く。振り返ろうとしたそのとき、元彼さんがポケットからなにかを取り出した。手元で慎重にそれを扱い、尖った刃先を見せつける。


 拳銃じゃなくてよかったと、心底ほっとした。どんなに身体能力がよくても、弾丸を見極めて避けるなんて離れ技はできないし、笑美さんを守るために盾になるしか方法がない。


「そこを退いて、とっとと笑美から離れろよ」


 光り物で脅しとは、チンピラと変わらないじゃないか。


「笑美さん、遠くに逃げてください」


「ひゃ110番……警察に連絡」


「そんなのいいから、早く逃げて!」


 笑美さんの体を押して、遠くに逃がそうとしたのに、僕を仰ぎ見た彼女は苦しそうな表情のまま、その場に倒れ込む。横目でそれを見ながら、元彼さんが振り下ろしたナイフを持つ腕を易々と掴んで、動きを止めてやった。


「オーバーな動きは、隙を作ることに繋がるんですよ」


 わざと隙を作ってやったというのに、大きな動きで僕を襲うなんて、間の抜けた奴だと鼻で笑い飛ばした。力が勝っている僕が掴んだ腕が抜けないというのに、それでも抗う元彼さんの馬鹿さ加減に呆れつつ、背後で倒れた笑美さんに視線を向けた。


「笑美さん気を失っちゃったのか。僕の勇姿を見せられなくて残念だなぁ」


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」


 元彼さんはドスの効いた声で怒鳴りつけるなり、空いた手で僕の腹にパンチを食らわした。素人のパンチなんて、まったく芯を捕らえていなくて、痛みにもつながらない。


「笑美さんになら、喜んで痛めつけられてもいいんですけど、君のようなろくでなしでは、僕の相手にもなりません」


 元彼さんの腕をパッと放したら、それまで力を入れていたせいで、ぐらりと不安定に揺れ動く。その動きが読めなかった僕は、ナイフの切っ先を頬に当てられてしまった。


「ありがとう。名誉のキズをつけてくれて♡」


「な、なんで礼なんか言うんだ?」


(そんなの決まってるじゃないか。このキズを見た笑美さんが、僕に責任を感じる。運が良ければこの傷跡が消えないものになったりしたら、もっと責任を感じて、結婚するネタになる可能性だったある。なんて喜ばしいことだろう)


 笑いだしたくなる気持ちを抑えていると、元彼さんは両手でナイフを持ち直し、視線を僕の背後に投げかける。強い僕には手が出せないことを悟って、笑美さんに照準を合わせたのを知り、元彼さんの視線の先に体をズラした。


「弱いものいじめしかできない君に、笑美さんを傷つけることなんてさせません。僕の最愛の人に手を出すな!」


 元彼さんが動く前にナイフを持つ手を捕らえようとしたが、笑美さんの同情をもっと買うべく、わざと腕にケガを負った。それでも簡単に、元彼さんを取り押さえることに成功する。


「放しやがれ!」


「君がこの場で、笑美さんを殺しちゃったりしたら、僕を罵る貴重な人間がいなくなるでしょう。それはとても困るんです」


 楽しげに言い放ちつつ、柔道の絞め技で失神させる。その後自ら警察を呼び、彼女と一緒に病院に運ばれたのだった。

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