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彼女の自宅は把握済み――あとはどんな生活サイクルなのかを確かめるべく、いつもより早起きして、笑美さんが住むマンション前に車を停めた。
昨日と同じように彼女が出てくるのを、今か今かと待ちわびる。
(僕が顔を寄せても、全然反応しないなんて、はじめてなんだよなぁ。なにをどうしたら、笑美さんの気が惹けるんだろう?)
愛車の国産車に立ったまま寄りかかり、彼女が住むマンションを見上げた。
僕が国産車に乗っていることを、不思議そうに思う友人がたくさんいる。金持ちなのに、どうして高級な外車に乗らないのかと。理由のひとつはメンテナンスだった。
外車は部品が特注品な物が多く、なにかあった際に、おいそれとそこら辺にある工場に運ぶことができない。ゆえに無駄に時間がかかる。量産されている国産車ならそういうことがないので、安心して乗ることができた。
しかし残念なのは国産車といっても、それなりの高級車の部類に入るが、車に興味のない女性が見ても、さっぱりわからないことだ。
「おはようございます、笑美さん!」
考え事をしているうちに、彼女が出てきた。僕を見た瞬間の驚きと嘆きの表情にめげないように、一生懸命に微笑む。
「お、おはようございます……」
「さ、どうぞ。会社までお送りします」
車に寄りかかっていた体を起こして、助手席のドアを素早く開けた。
「わざわざすみません。早く会社につきすぎてもなんですから、電車で行きたいんですけど」
困惑する顔を隠すように、俯いたまま謝る笑美さんに向かって、車に乗ってくれるような提案を施す。
「じゃあ間をとって、降りる駅までお送りするのはどうですか?」
すかさず笑美さんの肩に腕を回し、力技を駆使して助手席に座らせた。
「澄司さん……」
「かわいい顔で怒らないでください。それにご自宅前で30分ほど待った、僕の頑張りを無にしてほしくないです」
言の葉に現実味を持たせるために真剣な表情を作り込み、笑美さんに顔を寄せた。俯くこともできない至近距離に困った彼女が、悔しさを表すような声色を出す。
「……わかりました。それでよろしくお願いします」
「ありがとうございます!」
視線を逸らしながら告げられたが、言うことを聞いてくれたので、寄せていた顔を遠のかせつつ、笑美さんの機嫌を取りたくて柔らかい頬を人差し指で突っついた。
(こんなことくらいでは、挽回できないことはわかってるつもりだけど。笑美さんの気を惹くためのサプライズを用意してみようか)
そんなことを考えながら運転席に乗り込み、ハンドルを握りしめて、彼女が喜ぶサプライズを考えたのだった。