「笑美さんはいける口なんですね。今度一緒に飲みに行きませんか?」
好きなものを聞いた時点で、こういう流れになることを計算していたので、自然とお誘いすることができる。
「そうですね……。そのうちにでも」
「から揚げの美味しいお店を探しておきます。楽しみにしていてください」
笑美さんからげんなりするような雰囲気が漂っていたが、そんなこと気にしない態度を貫き、好きな花や動物・趣味などを訊ねて、会話を楽しんだ。
「澄司さん、ここまでありがとうございました」
駅が目に映った途端に、笑美さんに告げられた言葉。深いお辞儀つきで言われてしまったが、めげずに返事をする。
「ご自宅まで送ります」
「駅までで充分です。ひとりで帰れますので」
笑美さんは遠慮することを示すように、両手を使って大丈夫だというリアクションをする。僕はきっちり拒否すべく、首を横に振った。
「これから電車に乗ったら、この人混みの中に、笑美さんを放り出すことになるじゃないですか」
「いつものことなので平気です」
絶対にこの機を逃さない――どんなものでも、最初が肝心なのだから。それに、断られることには慣れている。この外見のせいで視線を合わせてくれずに、営業の仕事を何度も断られてばかりだった。だからこそ相手に僕のことを理解してもらって、心の距離を縮めなければならない。
「いいえ。一緒に電車に乗ります」
これ以上笑美さんが拒否できないように無理やり手を繋ぎ、改札口に向かって歩を進める。
「澄司さんは、私の家をご存知なんですか?」
「車で送るつもりだったので、あらかじめ千田課長に訊ねてました。ナビに登録済みですよ」
「手を放してください」
迷惑そうな声色を聞いて振り返ったが、笑美さんがそこまで怒っている感じでもなかったので、返事をせずにそのまま歩く。すると次の瞬間、僕の手をぎゅっと握りしめたかと思ったら、後ろに向かって力を込められた。
「おっと! どうしましたか?」
とてもひ弱な抵抗だったが、驚いた演技をしながら振り返った。
「手を放してください」
(意外な返事や無駄な抵抗をされると、意地悪したくなってしまうじゃないか)
「少しでも空いてる車両に、笑美さんをご案内しようとしているだけですよ。それとも混んでる車両に乗り込んで、僕に抱きしめられたかったとか?」
小さく笑って握っていた手を外し、恋人つなぎに変化させる。このまま手の甲にキスしてやろうかと持ち上げたとき、それが目についた。
ブラウスの袖口から手首が見えると同時に、くっきりつけられたキスマークが確認できた。
(こんな形で佐々木さんの執着心を見せられるとは、思ってもみなかったですよ)
一瞬、反対の手首に同じ痕を残そうかと思ったが、猿真似になるのでやめることにした。
相変わらず僕の手を握ろうとしない笑美さんの小さな抵抗は、やる気を削ぐどころか、執念に駆られるものになる。恋人つなぎした手を目の前に掲げて、まじまじと見つめた。
「澄司さん?」
「食べてしまいたくなるような、綺麗な手をしてますね」
「食べないでください……」
「冗談です。食べないですよ、今はね――」
恋人つなぎから普通に手を繋ぎ、空いている車両をちゃんと探した。
「笑美さん、座れる席がありました。行きましょう!」
目ざとく見つけた場所へ、彼女を引っ張る。体だけじゃなく心も同じように、自分に向いてくれないだろうかと思いながら。
ここまで徹底して拒否する笑美さんに、興味がどんどん湧いていく。これだけで普通の見た目の彼女がかわいく見えてしまう己の単純さに、笑わずにはいられなかった。